有名企業の社長たち、いまだから話せる「僕らの『就活』の履歴書」

ANA、日本生命、三井住友、ニトリ…
週刊現代 プロフィール

「2年後の内定」を予約

三菱ケミカルホールディングスの越智仁社長が就職活動をしたのは、前出の白井氏とほぼ同時期の'77年。研究室の仲間が続々と就職先を決めていく中、越智氏は就活に注力できずにいた。

「父がもともと住友金属鉱山で働いていたこともあり、化学プラントに興味を持っていました。

研究室では、企業からの募集が掲示され、それに手を挙げるのですが、迷っているうちに他の化学会社の枠が埋まってしまった。それで、仕方なく選んだのが三菱化成(後の三菱ケミカルホールディングス)でした。

私は京都大学に通っていたため、東京にあった三菱化成のことは『化学をやっている会社なんだろうな』くらいしか知りませんでした」

だが、意外にも面接はとんとん拍子で進み、最終面接を迎える。越智氏は就職活動の天王山で衝撃の発言をして、面接官を困惑させる。

「役員の方に『では、来年4月入社でよろしいですか?』と聞かれました。その時、『来年の4月には行きません。大学院に入りたいので、ちょっとここではお断りします』と返してしまったんです。

教授に推薦してもらっておいてお断りするなんて、とんでもない学生ですよね(笑)」

 

それでも、返ってきた言葉は「では2年間頑張って、卒業後の4月に入社してくださいね」という鷹揚なものだった。大学院を修了した後、越智氏は約束通り、三菱化成へ入社することとなる。

「大学院にいる間に、三菱化成のことをよく研究したんです。その2年間で、心が揺らぐことは一度もなくて、この会社で働こう、と思えた」

越智氏は、仕方なく受験した企業で、ひょんなことから「内定予約」をした。このイレギュラーな事態が、いつしか越智氏に三菱化成に「入りたい」と思わせるきっかけになったのだ。