有名企業の社長たち、いまだから話せる「僕らの『就活』の履歴書」

ANA、日本生命、三井住友、ニトリ…
週刊現代 プロフィール

社員2000人の大企業を蹴って小さな企業を選んだ

「私は理系の大学院まで出ましたが、今思えば、そこで勉強した内容と今の仕事は関係ありません。

就職活動をしていた当時は、医療系の職業に憧れていました。人の命を救ったり、健康に資するような仕事がしたかった。

そこで私が受験したのが、医療画像診断装置のメーカーと、現在まで長く籍を置くことになるオリンパスでした」

Photo by GettyImages オリンパス笹宏行社長

自身の就活の思い出をこう振り返るのは、オリンパスの笹宏行社長だ。笹氏は早稲田大学大学院の理工学研究科を修了した後、'82年にオリンパスに入社した。

第二次オイルショック直後の時期だったため、「引く手あまた」とは言えない就職活動だった。笹氏は、自身の希望する職種の中で前出の2社に絞り、就活を進めていったのだという。

「まずは、前者の会社を見学に行きました。当時でも、その会社は研究者だけで2000人を超えるような大企業。製造現場を見て、開発担当者と話をして、その技術力に憧れを抱きましたね。

一方、当時のオリンパスはこぢんまりとした会社でした。案内された八王子にある研究拠点は、前の会社とは比べ物にならないほど小さかった。会社の紹介を終えると、そのまますぐに面接されました。

私が大学院で研究していたのは機械工学で、オリンパスの事業とはまったく異なっていました。それでも、面接官の方が、熱心に私の実験の方法論や研究プロセスなどについて質問してくださったのを覚えています」

 

笹氏は、従業員も多く、設備も充実した医療画像診断装置の大手メーカーでエンジニアとして働くことに魅力を感じていた。

それでも、笹氏はその大手メーカーを蹴って、オリンパスに入る道を選んだ。それは、大きい会社で埋もれるよりも、小さな会社なら自分のやりたいことができるかもしれない、と考えての選択だった。

「人数が少なかったこともあって、オリンパスでは、様々な仕事を担当することができました。何種類もの内視鏡の開発から、アメリカでの医者や患者のニーズ調査まで。アメリカ行きは、自ら志願して決めました。

こうした経験は、医療画像診断装置のメーカーではできていなかったかもしれません。おそらく、一生をエンジニアとして終えていたでしょう。

決して大きくはなかった会社と一緒に成長することができたという意味で、オリンパスを選択したのは良かったのかもしれません」

小さな企業でも、自分次第で大きく成長できる。社長となった今、笹氏にとって「人生最大の二択」は正しかったのかもしれない。