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「ロックなおやじ」を自殺に導く、理想主義と百姓根性について

50代の日本人が死に至る「病」とは
日本人には、律儀で我慢づよく、勤勉な「理想主義者」に近い部分がある。ここに、他者を糾弾するよりも「悪いのはどうせ自分ですよ」と思い込むような「百姓根性」がブレンドされて、自死を選ぶのかもしれない。まるで潔癖性のロッカーのように、日本人は自殺しているのではないか――作家・川崎大助氏が考え抜いた「自殺論」の後編

1時間に3人以上が自殺

どうやら世界は「自殺の時代」に突入しているようだ。 

WHO(世界保健機関)によると、世界の自殺件数は年間80万件を超えている。アメリカでも増加していて、16年には4万5000人が自死したが、この数字は1999年と比較すると30%ほど増加しているらしい。

ニューヨーク・タイムズの論説で、臨床精神医学教授のリチャード・フリードマンは「HIVや心臓病対策」と同等の予算を政府が組んで取り組むべき、喫緊の課題だと述べている(以上、AFPより)。

日本でも自殺の件数は高止まりしたままだ。そもそも先進工業国のなかでは、韓国と並んで「群を抜いた」自殺率の高さだった。大雑把に言ってアメリカの2倍、イギリスやイタリアの3倍の自殺率だと言われる。

日本は人口も多いから件数も多く、98年から2012年までの14年間ずっと、年間3万人を超えていた、とされる。つまりこの期間だけで、日本では計42万人以上が自殺により死んだ。1日平均80人超、1時間あたり3.3人ほどが、自ら死を選んでいた。

 

これはほとんど戦争の犠牲者数だ。酸鼻をきわめたヴェトナム戦争の「南ヴェトナム側」の推定戦死者数が約28万5000人だから、それよりもずっと、日本における「静かなる戦争」の犠牲者のほうが多い。

ナショナル・ジオグラフィックによると、イラク戦争による総死者数は50万人と推定されるらしい。03年から11年にわたる期間の集計だから、言うなれば日本は「戦時下のイラクの半分ほどの」数の死者を、毎年自殺という形で生み出してしまったと言える。

1日平均80人超が自殺を選択(photo by iStock)

ミッドライフ・クライシス世代

さらに言うと、年間3万人という数字すら怪しい、との意見もある。日本では「変死者」の数があまりにも多いから、というのがその根拠だ。こちらは年間10万人超の規模で推移している。

そして日本では、司法解剖はほとんどおこなわれない。だから「見過ごされた自殺」という暗数があるのではないか――との意見だ。陰謀論的ではあるが、「日本だからこそ」ない話ではない、のかもしれない。

たとえば、日本の自殺者数が「3万人の大台を割った」という数字が出たのは、なぜか第二次安倍政権になってからだ。アベノミクスの成果? いやいや、同政権の強権的情報コントロール下のもとで「暗数」が増えただけなんじゃないか……なんて声もある。

首都圏で、鉄道で移動する人なら日々なんらかの形で体験しているはずの「人身事故」の数が、ここのところ劇的に「減った」なんて感覚を持つ人は、おそらくほとんどいないだろう。もっともこれも、どこまでが「事故」あつかいで、どこからが「自殺」となるのか、きわめて不明瞭ではあるのだが……。

日本の自殺者数は、50代が最も多いという。つまりミッドライフ・クライシス世代が、自死を選ぶ傾向が強い。もっともここは、景気動向などで増減する、とも言われている(統計を信じるならば)。

対して、変動が少ないのが、若年層の自殺率の高さだ。15歳から24歳の自殺率は、90年代以降、一貫して高め安定の推移をたどっている。若年層の死亡理由の第1位が自殺だという、これも先進国ではあまり見られない傾向だ。

日本という国家および、文化圏の袋小路ぶりを如実に示している。そして「90年代の10代や20代」は、いままさに「ミッドライフ」期へと突入しつつある。

つまり不思議なことに、僕が前回述べた「ロッカーに襲いかかる『死の波』」のパターンと、日本における自殺者の年齢別統計の「山」は、すごくよく似ている。「若いころ」に一度あって、そして「中年になって」二度目がやってくる、というあれだ。

そもそも、ロッカーはなぜ「よく死ぬ」のか? これについて考えるところから、若者と中年を襲う「自殺の波」のメカニズムを、文化論的側面からさらに照射してみよう。