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ジョルジョ・アガンベン、量子力学を批判する

「マヨラナ失踪」の原因とは?

75歳を迎えてなお衰えを見せぬ探究

わたしと同世代のイタリアの哲学者ジョルジョ・アガンベン(1942年生)の知的探究心といったら、いったいどこまで飽くことを知らないのだろうか。

アガンベンは2015年に出たⅡ-2『スタシス──政治的パラダイムとしての内戦』でもって、『ホモ・サケル──主権的権力と剝き出しの生』(1995年)以来、20年にわたって展開してきた《ホモ・サケル》プロジェクトに終止符を打った。

ただ、その最終巻にあたるⅣ-2『身体の使用』の「まえおき」によると、哲学の《探究は、他のあらゆる詩作と思索の仕事もそうであるように、けっして終結することはありえないのであって、ただ放棄されうるにすぎない》とのことだった。

 

じじつ、狭義の哲学的著作に限定しただけでも、2016年には『哲学とは何か』と『実在とは何か』と題する著作を立て続けに公刊している。さらに2017年には『書斎のなかの自画像』という美装本を世に問うてもいる。

75歳を迎えてなお衰えを見せぬ探究の姿勢には、ただただ驚嘆するほかない。

Giorgio Agamben, 2011(Photo: Gettyimages)

31歳の教授は失踪した

なかでも、このたび講談社選書メチエに収録されることになった、「マヨラナの失踪」と副題された『実在とは何か』は、量子力学の出現とともに物理学の世界に起きた実在観の変容に批判的なメスを入れていて、特記に値する。

1938年3月26日の夜、一人のイタリア人がパレルモからナポリ行きの郵便船ティレニア号に乗船したあと、忽然と姿を消した。その人物の名は、エットレ・マヨラナ。

原子核を構成する粒子のうち、陽子と中性子のあいだには両者を原子核に結合する何らかの力が働いているに違いないとの仮説を提出した1933年の論文「核理論について」や、1937年の論文「電子と陽電子の対称的取り扱いについて」などで将来を嘱望されていた天才的な理論物理学者である。

その物理学者が、ナポリ大学に新設された理論物理学講座の教授に31歳の若さで就任した直後の1938年3月26日の夜、忽然と姿を消し、杳として行方がわからなくなったのだ。いったい何があったのだろうか。

さっそく警察による捜索が開始されるが、生きているのか、死んでしまったのか、確認がとれないまま、3ヵ月後には捜索は打ち切られてしまう。

この若き理論物理学者の失踪事件をめぐっては、社会派のイタリア人作家レオナルド・シャーシャが1975年に『マヨラナの失踪』で取りあげたことが一つのきっかけとなって、自殺説以外にも、シャーシャが示唆した修道院への隠遁説から、南米への亡命説にいたるまで、今日まで多くの仮説が提出されてきた。しかし、謎が解けたと言うには、いまもって程遠い状態にある。