吉岡里帆主演ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』原作者に聞く

生活保護をマンガで描くということ
大西 連 プロフィール

昔からコミュニケーションがテーマだった

――この作品は、主人公である「えみるの成長物語」としても、新人ケースワーカーの群像劇としても、いわゆるお仕事マンガとしても、当事者の人間模様、人間ドラマとしても読めます。作者として意識している部分は?

基本的には、新人ケースワーカーたちの青春群像、5人の成長物語にしようと思いました。ケースワーカーさんにも取材しましたが、いろいろな人がいました。

人が人を支援するってなかなか大変。支援する人も完全ではないし、悩んだり迷ったりすることもある。生い立ちもふくめた背負っているバックボーンが支援のスタンスに出るのではないか、と。

もちろん、人の生死がかかっているので、病気の知識や生活保護制度のことについて間違ったことは描いてはいけない。作品を描くにあたり、嘘を描かないように、ということは、とても意識しています。

今まで出会った人たちや自分が直接見聞きしたことがベースになっていて、キャラクターを創るのにとても時間をかけています。ロジックでプロットを作って、ひたすら取材してキャラクターを肉付けていく……。

そして、ケースワーカーと当事者の葛藤を中心にしています。実際に、自分が今まで会ったことない、理解できない人に対して、どうやってケースワーカーはコミュニケーションをとっていくのか。

ケースワーカーの支援を通じて、いろいろな人たち、なかには自己責任っぽく思われがちな人への支援をしていくことの意味、その人たちの不器用さとかが見えてくるといいなと思いました。

コミュニケーションが昔からの自分のテーマでした。恋愛や青春群像を通じて、人と人との関係、そこで湧きあがる感情、そのリアリティを大切に描いてきました。

(C)柏木ハルコ/小学館
拡大画像表示

貧困は自己責任なのか?

――貧困問題を描くときには必ず「自己責任なのか」という問いに直面します。それについての想いは?

私も最初は自己責任論的でした。取材をはじめて貧困は自己責任とは限らないのではないかと思うようになりました。

人生で何の失敗もしていない人はいない(これは以前にシノドスの対談で大西さんが言っていたことでもありますが)。

私も自己責任だけで生きていける人はいないなと思うようになりました。怠けたり選択を間違ったりすることは誰にでもあるし、失敗なんてしょっちゅうあるでしょう。

 

生活が苦しい人のなかには、生い立ちが厳しく苦労もある。それで自己責任は厳しすぎる。また、怠けた結果として苦しくなることもあると思うけれども、だったら社会は何もするべきでないのかというとそれは違う。

一人で自分と向き合ってもなかなかそこから抜け出すことはできないのではないか。そうして、その人の責任にしてほっといても社会のためにならないし、むしろ悪い方に行くんじゃないか。

自己責任の人と、そうじゃない人の見分けはつかないし、困っている状態は一緒。人間平等にはいかないかもしれませんが、格差が大きいのは社会として健全じゃないし、困っている人を放置するのがいいとは思わないです。

また、社会保障は同情ではないと思います。感情ではない。

困っているなら何とかしようと、保障を粛々とやっていけばいい。人は最低限の尊厳はあるべきであろうと思います。若いころは私も締め切りに追われ、「今日も徹夜頼むよ」等、正直職場もブラックな状態だった時期があります。

私自身もこのマンガを描くなかで変わり、この作品を通じて社会とつながっていったのかもしれません。