吉岡里帆主演ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』原作者に聞く

生活保護をマンガで描くということ
大西 連 プロフィール

――そうしたなかで、生活保護をテーマにした理由は何だったんでしょう?

社会に向き合ってマンガを描くとしたら?と考えたときに、具体的に何を描くかと考えました。

たとえば、現在を、社会を、別の設定に置き換えたファンタジーにするものとか、どんなのがいいのかいろいろ悩みました。

その頃、法テラスで働く友人、薬剤師の友人などと話していて、仕事の愚痴など聞きながら、「困り事を抱えた人が次々に窓口に来る話を描いたらおもしろいな」と。

その場で「生活保護」という単語も出ていて、そういうのってニュースや報道でも聞いたことがあるわけですが、実際にどうなんだろうと考えるようになって。

「生活保護」について、当時はまったくと言っていいほど知りませんでした。震災後に生活保護利用者への支援金が打ち切られたなどのニュースを聞いても、どういうことなのかなと少しずつ興味を持ったんです。

「生活保護」を通じて社会に向き合う

これまで私は恋愛マンガや青春マンガで一人の人間の個人の内面、関係性、コミュニケーションを中心に描いてきました。このマンガでも、そこは変わりません。

漫画家になってからは作品を描くのに没頭して世の中を見ることができていなかった、知らないで描いてきたところがある。このままでは世間知らずのまま作品を描いていくことになる。ちゃんと社会のことを見ていきたいと思いました。

どう社会を見ていくかというと、人間を知らないといけない。世間知らずが自分のフィルターで描くのではなく、一人ひとりの人生や人間を見て描いていきたいと思いました。

 

――「生活保護」をテーマにしようと決めたのが2011年秋。その後、作品作りのための取材活動を始められたわけですが、どのようなところに、どう取材したのですか?

まず、本をたくさん読みました。2011年秋ごろからの取材なので、当時は「年越し派遣村」の直後であり、それに関連した書籍もたくさん読みました。

湯浅誠さんや雨宮処凛さんなどの著作も読みましたし、生活保護について書かれた新書や一般書なども。図書館にも足しげく通いました(笑)

ひとしきり書棚を読み漁ったのですが、当然、それだけでは描けない。担当編集者と相談し、現場に詳しい人に話を聞きに行こうとなりました。

最初に会いに行ったのが稲葉剛さん(前もやい理事長)。その時点ですでに生活保護の担当ケースワーカーを主人公にしようとは思っていたのですが、稲葉さんからはまずさまざまな現場に行ってほしいとアドバイスをもらいました。大西さん(聞き手)とはそれで参加した炊き出しでお会いしました(笑)

マンガを描くというと、警戒されたり嫌がられたりするかなと正直思っていたのですが、必ずしもそうではありませんでした。むしろ、さまざまな現場を見せていただいたり、話を聞かせてもらったり、別の現場や支援団体、支援機関を取材先として紹介したりしてくれました。おかげさまで、実際に行政機関でケースワーカーを担っている人やいくつかのNPOなどにも話を聞くことができました。

連載開始前に2年間はずっと取材に時間を割きました。連載スタート後も継続的に取材をおこなっていて、1対1のインタビューやグループなど、100人以上の現役・OBのケースワーカーをはじめ、支援者、病院など多くの団体や個人に取材をしました。多くの当事者からも話を聞く機会をいただき、そういうなかで徐々に登場人物のキャラクター像や作品像が作られていきました。

また、連載が始まるなかで描きたいテーマや登場人物の姿もより見えてくるようになり、それに応じた取材もしてきました。生の言葉、自分が見聞きしたこと、経験したことの意味はとても大きいと思います。

また、取材期間中(2012年)、あるお笑い芸人のお母さんが生活保護を利用していたことでメディアによるバッシングなどもありました。

メディアでの報道と、報道をみた当事者の人たちの反応。そして、ちょうど生活保護制度が法改正するところで、法律家や支援者らが制度の問題点を活発に議論していました。

当事者のリアリティ、支援をする人の想い、制度の問題や報道での取り上げ方、社会のなかでの生活保護の立ち位置など――「生活保護」という制度について考えるには、結果としてとてもいいタイミングでした。