100人に1人が持っている「吃音(どもり)」の謎

歌だとなぜどもらないんだろう?
伊藤 亜紗 プロフィール

「ノる」と「乗っ取られる」

ある現象が対処法にもなり、かつ症状にもなる。しゃべることにまつわるこの二面性をより深く論じるために、本書が注目したのは、「ノる」と「乗っ取られる」という二つのキーワードでした。

「ノる」とは、特定のパターンを利用して運動することです。

たとえば吃音の当事者の中には、何らかのキャラクターを演じているとどもらない、という人がいます。具体的には、たとえば先生っぽいしゃべり方のパターンにノってしゃべると、人前でプレゼンするときも、楽にしゃべることができたりする。吃音は心理的に緊張する場面で出やすい、という誤解がありますが、必ずしもそうではありません。

あるいは歌うとき。冒頭で、歌うときにはどもらない、という話をしましたが、これは吃音当事者にほぼ100パーセント当てはまる有名な「吃音あるある」です。どもらないようにしようと思っているわけではない。にもかかわらず、何らかのリズムがあると、それに乗っかりながらしゃべればよいので、うまく言葉が出てくるのです。

 

こんなふうに、パターンは、私たちが楽に動くために不可欠なものです。

でも、特定のパターンへの依存度が高まりすぎると、いつしか、「そのパターンじゃないと動けない人」になってしまう。状況に対する柔軟性が失われ、「ノる」が「乗っ取られる」に変化するのです。

たとえば、先の先生っぽく話すとどもらない人が、意中の人と二人っきりになったとしましょう。これから相手と親密になって、距離を縮めたいと思っているのに、先生のように上から目線でしかしゃべれないとしたら……。うまくいくための方法が、うまくいかない原因になってしまうのです。

イラストレーターの三好愛さんが表現したバグとしての「連発」。当事者によれば、吃音とは「言葉の代わりに身体が伝わってしまう感じ(あくまで例です)」だという 『どもる体』より