席亭・平野悠がいま明かす「新宿ロフト・誕生秘話」

後編・それでも人生は続く
細田 昌志 プロフィール

──それで、阿佐ヶ谷、大久保、WESTと立て続けにオープンしたところで、今年の春にオープンしたのが、問題の「新宿ロックカフェロフト」ですよ。

平野 長い話だったねえ。ここまで誰が読むんだって(笑)。

──そもそも、こんな「若者の音楽離れ」だとか「CDが売れない時代」だとかいわれているこのご時世に、どういういきさつでロックカフェを開店しようと思われたんですか?

平野 まあ、このところ「ピースボート」で世界一周の旅をちょくちょくしているんだけど、本と音楽と酒くらいしかないのね。

──そうなんですね。

平野 その航海中に久しぶりにロックにはまってしまったんだね。ドアーズとかグレイトフルデットとかを聴いて「ロックって70過ぎてもちゃんと聴けるなあ」って思ったんだ。そうこうしてたら、その昔青春の時代町の「ロック喫茶」に通っていたことが思い出されてさ。70年代の初めですよ。

──まさに学生運動の時代ですね。

平野 その頃はロック喫茶の爆音を聴きながら勉強しわけだよ。「おお、これがツェッペリンか!」とかさ。ジャケットを見て、ギターは誰だとか、ベースは誰だとかさ。そのときに、今の若い子って爆音でアナログでロックを聴くことないんだろうなって思ったわけ。スマホで聴く時代だしね。居住環境によるところも大きいだろうから。だったら、そういう店を俺が作ろうと。

 

──なるほど。ただ、これまでと違うところは、「平野さんが聴きたい」のではなくて「若い子に聴かせたい」ってところですね。

平野 俺も聴きたいけどね(笑)。それで、船を降りてから本格的に物件を探し始めて、急ピッチでやって今年3月にオープン……なんだけど、これがね。

──苦戦している……。

平野 オープンから1か月後、大赤字で予定売り上げの半分もいかなかった。でもね「ロックは身体で聴け」って言うんだけど、ロックっていい音で聴くと疲れないんですよ。だからスピーカーも高性能のやつ揃えてさ。2階に「爆音道場」って作ったのよ。

──こないだ入りましたけど、なかなかの迫力でしたあれは。

平野 でしょ。だから、本気でロックを身体で聴く場所にしてやろうって思ってる。まあ、これからだよ。

起業家としてアドバイス

──さて、ここまで平野悠さんの半生をお聞きしてきましたけど、世の中は相変わらずの不況だとか、アベノミクスはなんだとか、いろいろ言われる中、新しく起業する人はそれでも後を絶ちません。そういう人たちに向けて、これまで起業しまくってきた平野さんが、アドバイスをするならなんておっしゃいますか?

平野 まあ、アドバイスなんてものになるかどうかはわからないんだけど、ここまで話してきたように、まずは好奇心。それとコミュニケーション。そして頑張り。その3つがあればって思うね。あとは「この人には何もないなあ」って思われてはオシマイ。「この人はなんだろう」って幻想を抱かせること。それしかないような気がする。強いて一個あげるなら、やっぱりコミュニケーションかな。

──結局、そこに行きつくんですね。

平野 そうね。烏山ロフトの成功に立ち返って考えると、落書きノートも野球チームも、野草ハイキングも必要だったってことになるしね。こっちから話しかけないと世界って広がらないってことだよね!