人気脚本家が明かす「自力でアイデンティティを培う方法」

ジェームズ三木「わが人生最高の10冊」
ジェームズ 三木

舞台化した『春琴抄』

たけくらべ』は生まれて初めて劇に出演した作品です。

新制中学1年の学芸会で、僕の役は悪ガキの長吉でした。本番でセリフを間違えて美登利役や信如役が笑い出してしまい、劇はめちゃめちゃになったのですが、演劇に興味を持つきっかけになりました。

高校では演劇部に入り、最初の学園祭でやったのが、チェーホフの『結婚申込』です。

田舎の地主が隣地の地主の娘にプロポーズに行くのですが、自分の土地との境界線にこだわったり、自分が飼っている犬のほうが利巧だと自慢したりして、なかなか本題にいきつけないという滑稽譚です。

この作品でチェーホフに目覚めて、いよいよ演劇にのめり込みます。2年生のときに自分で演出、主演した芝居で大阪府高校演劇コンクールに出たら、まさかの優勝。これがきっかけとなって、高校を中退し、俳優座に入ったんです。

結局俳優としては芽が出ず、歌手に転向したけれど売れなくて、脚本家になりました。

 

ドラマの脚本を書くために山ほど本を読みましたが、中でも気に入っているのが、司馬遼太郎の『けろりの道頓』です。

こんな面白い話は読んだことがないというくらい感動して、ドラマ化しました。

何しろ主人公の安井道頓は秀吉に愛妾を献上し、その褒美としてもらった緋鯉を広々とした場所で泳がせたいと、東横堀川と木津川を堀でつなぐことを思い立ちます。完成した堀が大阪の道頓堀です。

僕は満州から引き揚げて住んだのが大阪の茨木でしたから、大阪という土地には愛着があります。

谷崎の『春琴抄』も大阪の道修町が舞台です。この町は江戸時代から薬種問屋街があって、主人公の春琴の家も大きな薬種商でした。

こんな特殊な町の特殊な話は日本人にしか分からないだろうと思っていたのですが、舞台化したところ、上海とモスクワで公演することになり、行ってみたら、観客の熱心さに驚かされました。

魏志倭人伝』は脚本の参考のために読んだのですが、そこに書かれている「邪馬台国」と「卑弥呼」の話が真実ならば、日本の『古事記』、『日本書紀』の内容と大きな齟齬が生じます。

古代の話とはいえ、国の正史でさえ、これほど曖昧なのだと愕然としました。やはり、どんな本であっても頭から信じず、読んだあとに、自分で考えを巡らすことが大切だと思います。(取材・文/緒形圭子)

▼最近読んだ一冊

「この本はタイトルに引かれて買いました。私と同様、幼少期を戦時中の満州で過ごした著者による回想記です。詩人の目と感性でとらえられた奉天の四季の移り変わりは読んでいて心地よく、当時を懐かしく思い出しました」