自衛隊「イラク日報」と日中戦争「日本兵の投稿雑誌」の意外な共通点

戦地で生まれた「異文化理解」
井上 寿一 プロフィール

戦地で生まれる「共感」と「他者理解」

日中戦争下の前線の兵士たちは、つねに戦闘行動に従事していたとは限らなかった。戦闘地域でも束の間、日常が回復する。歩哨に立つ日本人兵士たちは中国の実像を垣間見たにちがいない。

実際のところ、「下田徳幸」やH上等兵、K上等兵たちには他者理解の萌芽があった。彼らは当時の日本と中国に共通する「アジア的後進性」を認識していた。

欧米からみれば、アジアは遅れている。アジアの政治・経済・社会・文化は停滞を特徴としていて、欧米に追い付けない。日中はそのような「アジア的後進性」を共有していた。

この共通認識と表裏一体の関係にあったのが中国民衆への共感である。あるいは兵士たちは、「姑娘」の質素な生活にもかかわらずたくましい態度に、日本人が失いつつあるものを見出していたのかもしれない。

PKOと戦闘行動は異なる。自衛隊と旧軍は同一視できない。時代状況も違いすぎる。それでも両者に共通するのは、他者理解の視点である。

自衛隊のイラク日報は、国連平和維持活動の実態に始まり、イラクとはどのような国か、中東地域の紛争の背景にある政治・経済・社会・文化・宗教などの諸要因を知る重要な手がかりになる。別の言い方をすれば、自衛隊のイラク日報は、国民の知的共有財産と呼ぶべき公文書である。日中戦争下の前線の兵士たちの投稿雑誌『兵隊』も、同様だと考える。

昭和14年7月に発行された第4号の表紙。題字は「遍以多以(へいたい)」と書かれている。火野葦平の詩「バナナと兵隊」が掲載
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〈日中戦争とは何だったのか?〉

今回上梓した『日中戦争 前線と銃後』は、日中戦争下の日本の社会システムの不調と多様なファクターの累積効果として戦争が拡大する過程を追跡することで、この問いに答える試みである。

自衛隊の日報も、日中戦争時の兵士の雑誌『兵隊』も、公表を想定していなかった。どちらも関係者だけが読むものだった。

日報と『兵隊』に共通して記されているのは、現実に直面した当事者たちの本音である。そうだからこそ価値がある。日報を読んでPKOのあり方を考える。雑誌『兵隊』を読んで日中戦争とは何だったのかを考える。どちらも当事者任せでなく、国民一人一人が考えなければならない。

日報も『兵隊』も、知的共有財産として活かされる時が来るのを待っている。

2018年は、日中平和友好条約締結から40周年の節目の年でもある。日中が〈平和〉でも〈友好〉でもなかった時代を振り返ることで、〈平和〉と〈友好〉が可能になる歴史的な条件を考えたい。