「朝日ぎらい」な人々が世界各国で急増している理由

世の中は「リベラル化」しているのに…

吹き荒れる「アイデンティティ闘争」

「アイデンティティ闘争」はリベラル化・グローバル化・知識社会化へのバックラッシュ(反動)で、日本だけでなく、世界中で起こっている現象です。

たとえば、19世紀半ばから100年近くもイギリスに植民地支配されてきたインドでは、「不合理な身分差別制度が社会に根付いたのは、イギリスがインドを分断統治するためにカースト制度を利用したからだ」という“歴史修正主義”が台頭して、「インド人をカーストの桎梏から解放した」というイギリスの歴史観と真っ向から対立しています。

またアルジェリアでも、長らく同国を植民地支配してきたフランスに対して、謝罪を求める機運が高まっています。

かつてヨーロッパの知識層は、「日本が中国や韓国といまだに揉めているのは、植民地支配の歴史を清算していないからだ」などと指摘していました。ところが現在は、ヨーロッパ諸国も過去の負の歴史を糾弾されるようになった。イスラーム圏でIS(イスラーム国)が一定の支持を得ているのは、テロを否定しつつもその歴史観に同意する層が(かなり広範に)いるからでしょう。

日本と中国・韓国の間の歴史問題は、「近代の歴史そのものを再定義する」という世界的な「アイデンティティ闘争」の前哨戦だと私は考えています。

 

既存の価値観がひっくり返る

逆説的なようですが、こうした「アイデンティティ闘争」が活発化しているのも、ほかならぬ「世界のリベラル化」が進んでいることが理由です。

「自由な個人が、自らの可能性を社会の中で最大化できる」というリベラルの理想を追求していけば、差別によって自由を抑圧する植民地支配の歴史は全否定されるほかありません。

世界のリベラル化が進めば進むほど、多くの国から「私たちも差別・抑圧されてきた」という声が次々と上がるようになります。最近盛り上がっている「#metoo」運動も、隠蔽されてきた女性差別を告発するという点で、同じ構造をしています。

いわゆる「慰安婦問題」にしても、「私は強制的に売春婦にされた」と声をあげる女性が出てきたら、彼女たちの損なわれた人権を取り戻すのがリベラルの立場です。国際社会では慰安婦問題は女性の人権問題で、北朝鮮によって拉致された被害者・家族の人権の回復を目指すのも同じです。「北朝鮮による拉致は人権問題で、慰安婦は歴史問題だ」という右派の使い分けが相手にされないのは当然です。

こうした近現代史の再定義は、先の大戦における原爆投下の是非についても顕著です。

これまで日本人は、「原爆投下は『天災』のようなもので仕方がない」とある意味諦めてきましたが、近年にわかに「原爆投下は戦争犯罪だ」という声が高まってきており、国際社会でも徐々にこの主張が受け入れられています。

一方のアメリカは、長年「原爆投下は、戦争を早く終わらせるためにやむをえなかった」「原爆の犠牲によって、何百万人もの命が救われた」と正当化してきましたが、こうした自分勝手な主張が難しくなってきた。そこで最近では、「日本軍による南京大虐殺のようなジェノサイドを防ぐためにアメリカは原爆を投下した」というロジックを持ち出すようになっています。

ロスアラモス・ブラッドベリー科学博物館の原爆に関する展示(Photo by gettyimages)

私がこのことに気づいたのは米・ロスアラモスにある原爆資料館を訪ねたときで、そこには(原爆とはなんの関係もない)南京事件のパネルが大きく展示されていました。いずれはこれがアメリカの考える「公式の歴史」になっていくかもしれません。

このように、世界でリベラル化とそれに伴うアイデンティティ闘争が進んでいくと、これまで「正しい」とされてきた価値観や歴史観が、次々とひっくり返ってしまうのです。