地震と豪雨から考える、大阪で進む「分断」と「衰退」

投資をケチり続けた日本を象徴する光景
前川 真行 プロフィール

「何も憂うべきことはない場所」としての郊外

労働と移動との結びつきは、都市の誕生に遡る。その肉体以外に何も持たず農村を後にしてきた人びとは、都市周辺部に集住し、都市にダイナミズムと社会問題をもたらした。都市は活力にあふれた繁栄の場所であると同時に、犯罪と汚染、密集と不安定、そして格差と差別の場所となる。

20世紀、電気と内燃機関によって切り離されかつ結びつけられた田園地帯に「郊外」が生まれる。交通機関を媒介に新たに誕生した都市圏は、移動と定住、活力と安全とを両立させた約束の場所であった。高台に建設された田園の住宅地、郊外とはもう何も憂うべきことはない場所である。

私は、もし「大阪」を災害が襲うとしても、それがこの郊外の住宅街になるとは考えていなかった。地震の後、炎になめ尽くされるのは、虫食いのように開発がなされ、駐車場と空き家が点在する大阪の密集地帯であり、津波がすべてを洗い流すのは、遠い紀州の沿岸であると、私はどこかでそう思い込んでいた。

地震後の高槻市の住宅(photo by gettyimages)

災害は「不平等」に人々を襲う

災害は人びとを結びつけるという。災害による、都市の機能停止は「自然状態」をもたらすが、そこでは争いや略奪ではなく、相互扶助が優位に立つという。災害は、人びとが互いに助け合う自然発生的な相互扶助の共同体の建設を促すとされ、私たちは好んでこのユートピア物語を語る。それはすべてを失った者、持たざる者たちの第二の「都市」である。

 

こうしてアナキストたちは、災害をひとつのユートピアとして切望することになる。けれども、現実の都市が、いまや日々の競争の場所であり、万人の万人にたいする闘争の場所であるからこそ、私たちは、この第二の都市、相互扶助のユートピアを夢見ることになったというべきだろう。私たちはそれを、ひとつの罠ではないかと自問してみる必要がある。

国民国家が強く平等を志向する政治的装置であるとすれば、都市はつねに差異の場所、格差の場所であった。

定住とは大地を分割し、所有する行為である。台地と低地、高台と湿地に沿って空間が切り分けられ、住区ごとに、職能ごとに、人びとは部族を作り、争いを求めた。都市の活力とは、上昇への渇望であり、ダイナミズムとは断続的に続く包摂を求める闘争であった。

たしかに近代はこの争いを文明化し、儀礼化した。だが都市は、人びとが対面する場所であり、敵対性を完全に消し去ることはできない。郊外とは、こうした都市に対して、あらかじめ作られた保護区でもあった。

学歴と所得水準とを基準に区分された均質かつ平等なユートピア、郊外は自然と清潔、安定と安全(セキュリティ)の場所であった。だからこそ都市圏における災害は、もはや人びとに平等に訪れるものではないと覚悟しておく必要がある。