ルイ・ヴィトンが史上初の「アフリカ系デザイナー」を大抜擢した理由

ラグジュアリービジネスの変革が始まる
長沢 伸也 プロフィール

コラボに頼りすぎると…

ただ一方で、もちろん懸念もある。

アブローには、服のデザインそのもので革新を起こすことは難しいだろうから、他ブランドとのコラボに依存する可能性が高い。事実、アブロー率いる「オフ-ホワイト」はこれまで「モンクレール」「ナイキ」「ジミー チュウ」そして家具の「イケア」、シルバーアクセサリーの「クロムハーツ」などとのコラボレーションを次々に繰り出してきた。

「オフ-ホワイト」と「ナイキ」のコラボによるスニーカー「air max 90」(Photo by gettyimages)

ルイ・ヴィトンでも上記のブランドとコラボすれば、二番煎じと言われかねない。かといって、これらに匹敵するグローバルなブランドが数多くあるわけではない。コラボには「意外性」も重要だが、本当に誰も知らない相手では落胆を招いてしまう。

シュプリームとのコラボですら「下克上」と物議を醸したくらいなのに、誰も知らないブランドと組めば、ルイ・ヴィトンの格が下がりかねない。相手が思わぬ不祥事や身売りなどに見舞われる心配もある。

そもそもコラボは「カンフル剤」のようなものだ。乱用しては効き目もなくなってしまうし、「なんだ、今回のコラボはしょぼいな」と思われれば、顧客の落胆はいっそう増幅される。

また今後は、アブローが「オフ-ホワイト」で手掛けるようなスニーカー、ブルゾン、トレーナー、Tシャツといった、ラグジュアリーに分類されにくいカジュアルな商品に、ルイ・ヴィトンがより積極的に参入してゆくことが予想される。

 

しかし、たとえアブローの才能や実績が素晴らしいとしても、彼が「オフ-ホワイト」で行ったのは「ストリートからラグジュアリーへ」という新しいアプローチだった。これに対してルイ・ヴィトンでは、「ラグジュアリーからストリートへ」という逆方向のアプローチが要求される。逆は必ずしも真ならず、上手く行くとは限らない。

ルイ・ヴィトンは世界でも傑出したラグジュアリーブランドのため、まだ内部ではラグジュアリー側の考え方が色濃いだろう。キム・ジョーンズがある程度は地ならししたとはいえ、アブローの斬新なクリエーションをうまく擦り合わせられず、ブランド価値の低下に繋がってしまう危惧がある。

ストリートとラグジュアリーの比率も課題だ。5:5なのか、3:7なのか、8:2なのか。アブローが方針を打ち出しても、顧客とブランドのどちらか、または双方が「トゥーマッチ」として受け容れない恐れがある。バランスの取り方が難しい。

ブランド価値を保てるか?

ルイ・ヴィトンの中心的世界観は「旅」である。

6月に開かれた、アブローのルイ・ヴィトンでの初のコレクション(2019年春夏)のテーマも「旅」だった。アブローは自身のインスタグラムで「ルイ・ヴィトンのブランドがもつ『旅』というDNAともつながる、世界目線の多様性」と綴っている。

この判断は賢明であった。彼の持つ強烈な意外性や違和感を中和するには、最強の手段だからだ。

ただ、あらゆる大陸の男性モデルを登場させたことによるダイバーシティの表現や、それをシンボリックに表現するレインボーカラーが、どれほど「旅」や「ルイ・ヴィトンらしさ」に貢献していたかは判然としなかった。

先月行われたショーの様子(Photo by gettyimages)
象徴的なボストンバッグも半透明の虹色に(Photo by gettyimages)

次回以降のテーマも、同じ「旅」というわけにはいかない。そうすると、ますます「ルイ・ヴィトンらしさ」から離れて「ヴァージル・アブローらしさ」が前面に出てくることになりかねない。その時には、大きな議論が起こるであろう。

「いつまでアブローがやるか」も難しい問題だ。1、2回の限定コレクションであれば、「話題性のあるコラボ」と大差ないし、現代の流行にも乗っているので、特に売上の観点からは成功を収める可能性が高いだろう。

ただ、それはルイ・ヴィトンが長年培ってきたブランド力と、アブローが現在持っている人気の相乗効果であり、中長期的にルイ・ヴィトンというブランドの世界観を強化するものではない。アブローによる舵取りを長く続けることは、「旅」という世界観やブランドイメージを高めるのではなく、むしろ毀損していく恐れさえある。

水を差すようだが、アブローの在任が長期に及べば、やがてブランドのリスクとなるかもしれない。彼の手腕をひとまずは注視しておこう。