死刑執行…信者と面接して見えた「オウム事件」もう一つの現実

なぜ人々は信者と化したのか?
原田 隆之 プロフィール

また、アウシュビッツから生還した精神科医であるビクトール・フランクル5は、その著書『夜と霧』のなかで、このように述べている。

われわれが人生の意味を問うのではなくて、われわれ自身が問われた者として体験されるのである。人生はわれわれに毎日毎時問いを提出し、われわれはその問いに、詮索や口先ではなくて、正しい行為によって応答しなければならないのである。

つまり、フランクルによれば、自分の人生や存在に意味がない、意味が分からないなどということはありえない。人生から問われることに、「正しい行為」、具体的な行為によって回答し続けることが人生の意味である。

 

ここでミルグラムの実験に戻ると、この実験では、大多数の人々が権威に服従し、残虐な行為を厭わなかったことに注目が集まった。

しかし、ここで忘れてならないのは、少数ではあるが権威に服従せず、自らの良心に従って、命令を断固として拒否した人もいたことである。

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オウム事件については、エリート信者に注目が集まった一方、「誰でもがマインドコントロールを受ければ、このような恐ろしいことをする可能性がある。われわれにとっても他人事ではない」という意見もあった。

しかし、私はこの意見にも賛同しかねる。それは、ミルグラム実験で権威の命令に背いた少数の人々に着目するからである。

つまり、権威に命じられて悪魔になる人々もいるが(そしてそれが大多数であるかもしれないが)、内なる良心、フロムのいう人道主義的倫理に従って、自律的な行動ができる者もいる。

何が彼らをそうさせたのか、彼らのなかの何がほかの人々と違うのか、そしてそれを育てるにはどうすればよいのか。

第2、第3のオウム事件を生まないために、われわれが考えるべきことの1つは、ここにあると言ってよいだろう。

【参考文献】
1. 林郁夫『オウムと私』(文藝春秋)
2. 高橋英利『オウムからの帰還』(草思社)
3. エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』(東京創元社)
4. エーリッヒ・フロム『人間における自由』(東京創元社)
5. V・E・フランクル『夜と霧』(みすず書房)