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死刑執行…信者と面接して見えた「オウム事件」もう一つの現実

なぜ人々は信者と化したのか?
7月6日、松本智津夫死刑囚ら7名の死刑が執行された。一連のオウム事件での死刑執行は初めてだった。なぜ人々はオウムに走ったのか? 信者は何を語っていたのか? 東京拘置所に勤務しオウム信者とも面接したことがある、筑波大学教授の原田隆之氏が綴る。

オウム事件と私

オウム真理教の起こした重大事件の1つ、地下鉄サリン事件の第一報を聞いたのは、東京湾の上であった。

私は、総務省(当時総務庁)が主催する「世界青年の船」のスタッフとして大型客船に乗船しており、太平洋を反時計回りに回る2ヵ月の長い航海を終えて、船が東京湾に入ってきたところだった。

太平洋上を航海していた間は、もちろんテレビの電波は入ってこない。やっと電波の届く海域に入り、2ヵ月ぶりに見たテレビが、地下鉄で同時多発的に何人もの人が救急搬送され、何か大変なことが起こっているというニュースを伝えていた。

最初は一体何が起こっているのかまったくわからなかったが、その後、私も少しだけこの事件の片隅に巻き込まれることになった。

晴見埠頭に帰港した後、大きなスーツケースを抱えてタクシーに乗ったが、新宿駅まで通常30分ほどで着くところが、フェリーターミナル周辺の道路が封鎖されていたため、1時間以上もかかってくたくたになった。ターミナル近くの聖路加国際病院に多くの負傷者が救急搬送されていたためだ。

また、後になってぞっとしたのは、霞が関に通勤する官僚を狙ったテロという一面もあったことだ。

船に乗っていなければ、私もサリンが撒かれた路線の1つであった地下鉄丸ノ内線に乗って、霞が関まで通勤する毎日だったため、他人事ではなかった。

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そして、その後私は東京拘置所で勤務するようになり、そこには松本智津夫始め、オウム関連の被疑者(当時)が数多く収容されており、刑の確定した受刑者に何人も面接をして、その心理分析を行った。

しかし、死刑が確定した者については、「アンタッチャブル」となっており、心理面接は行われず、職員といえども限られた者しか接触することができなかった。

東京拘置所に勤務した3年間、松本の姿を見たのは、遠目に1度だけで、その他の死刑確定者については、まったく見たこともなかった。

 

死刑執行に注目が集まっていた

今年1月に一連の事件についての「最後の裁判」となった高橋克也受刑者の裁判が結審し、死刑の執行に注目が集まっていた。

特に3月、多くのオウム事件の死刑確定者が収容されていた東京拘置所から、各地の拘置所に複数の死刑確定者が移送されたことから、死刑執行が近いのではないかと言われていたなかでの執行となった。

死刑制度の是非については、私自身諸手を挙げて賛成というわけではない。むしろ否定的な立場である。

しかし、現在の法制度、多くの被害者の心情、国民の世論、事件の重大さなどを勘案したとき、今回の執行は避けられないものであったことは、一定の理解はできる。

国内外からの反対意見や、自らの身体にも危険が及ぶかもしれないことが予想されるなかで、前代未聞の大量執行に踏み切った上川大臣に対しては、その責任感や気概を感じた。

とはいえ、同日午後行われた記者会見で、上川大臣は役人が用意した「想定問答集」を棒読みするだけで、自分の言葉ではほとんど語らず、単に検察当局の言いなりになっただけではないかと思わせるものでもあった。