医療界の略語はこんなに面倒で、病院内で「勘違い」が多発中

覆面ドクターのないしょ話 第23回
佐々木 次郎 プロフィール

「ゲラちゃん」の誕生!

手術中に切除した組織が悪性かどうかを調べてもらう検査を「術中迅速病理検査」といい、組織を凍結させて切片を作成する。通称「ゲフ」と呼ばれている。ドイツ語でゲフリールシュニット(Gefrierschnitt:凍結切片)といい、ゲフリール→ゲフと呼ばれるようになったらしい。

 

「今度のオペ、ゲフをオーダーしておいて」

などという使い方をする。

ある病棟に配属された新人看護師がいた。この新人はまだこの「ゲフ」という業界用語を知らなかった。先輩が書いた申し送りノートには次のように書かれてあった。

「オペ中に行った『ゲフ』により、手術方針が拡大手術に変更された」

彼女は夜勤明けで、残った仕事は朝のミーティングだけだった。先輩看護師がトイレに行っている間に、申し送りのミーティングが始まってしまった。

「仕方ないわ。あなたが申し送りして」

と看護師長に促され、慌てて新人看護師が書いてあるままに申し送りノートを読み上げた。先輩が殴り書きしていて、「ゲ」の「`」(濁点2個のうち1個)が「フ」の上に重なって見えた。

「え~、オペ中に行った『ゲラ』により……」
「ゲラゲラゲラ(笑)」

その翌日から、新人看護師のニックネームは「ゲラちゃん」になった。ドラマ「ブラック・ペアン」で竹内涼真さんが演じたのは若き研修医「世良」先生、こちらの看護師は「ゲラ」ちゃん。発音がちょっと似ているが、やっぱり世良先生の方がカッコいい。

ゲラちゃんの苦悩はまだまだ続く(photo by istock)
 

なんともセクシーな湿布薬

かつて、「ID(アイディー)パップ」という湿布があった。いわゆる普通の冷たい湿布である。消炎・鎮痛効果のあるインドメタシンが配合された湿布には、「ID○○」という名前が多かった。

あるとき、新人看護師「ゲラちゃん」は、次の担当看護師に次のように申し送りすることになっていた。

「腰痛に対しては、IDパップで経過観察中です」

ところが彼女は、この湿布薬の名前をまだしっかり覚えておらず、申し送りの際にこの「ID」のところでつっかえた。自分で書いたはずなのに、申し送り書に書かれた手書きのIDの「I」の文字がカタカナの「エ」に見え、「D」がカタカナの「ロ」に見えたらしい。

「え~っと、腰痛に対しては、『エロパップ』で経過観察中です」

さすがに反響が大きかった。

「腰にエロエロ効きそう~っ!」

その翌日から、今まで「ゲラちゃん」と呼ばれていた新人看護師のニックネームは「エロパップ」に変わった。新人看護師は先輩たちに懇願した。

「お願いです。『エロパップ』では恥ずかし過ぎます! せめて『ゲラ』に戻してください!」

「エロパップ事件」がよほどこたえたと見えて、以後、この新人看護師は「ID」という文字の前で必ず深呼吸するようになった。「IDカード」とか「IDとパスワード」などの言葉を発するときは、口の中で「アイディー、アイディー…」と何度も反芻したという。