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ドイツの閣僚がどうしても許せなかったメルケル首相の「ある行動」

あわや連立政権崩壊の危機に

連立政権内の対立

現メルケル政権は、9月の総選挙後、半年近くのジグザグの末にようやく成立したCDU(キリスト教民主同盟)とCSU(キリスト教社会同盟)とSPD(社民党)の連立政権だ。しかし、すでに6月後半より、この政権内が難民政策をめぐって大混乱している。

混乱の原因は、実は、CDU党首であるメルケル首相と、CSU党首であるゼーホーファー内相の、個人的な権力争いの様相も濃いが、そこらへんが日本にはあまり正確には伝わっていない。

いずれにしても紛争はエスカレートし、ついに7月2日の未明、ゼーホーファー内相が、自らの政治生命を賭した作戦に出た。CSUの提案が認められないなら、党首も内相も辞任すると仄めかしたのだ。そうなれば、連立政府は崩壊する。メルケル首相は、まさに喉元にナイフを突きつけられた形となった。

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ゼーホーファー氏率いるCSUというのは、バイエルン州地方の保守政党だ。一方、CDUは共食いを避けるため、バイエルン州はCSUに明け渡し、CDU/CSUという統一会派を組んでドイツ全土を把握してきた。いわば二卵性の双子のような2党である。

ただ、いつも仲が良かったわけではない。特に昨今、CDUがメルケル首相の下でどんどん左傾化していく中、伝統と秩序を重んじるCSUとはしばしばぶつかるようになっていた。

それが激化したのは、2015年、メルケル首相が中東難民に対してドイツの国境を開き、100万人近くの難民が流れ込んでからだ。当時、オーストリアとの国境に位置するバイエルン州は難民の雪崩にのみこまれ、CSUは苦渋を嘗めた。混乱は何ヵ月も続き、ドイツは一時、どこの国から誰が何人入ってどこにいるかがわからないという、法治国家としてはあり得ない非常事態に陥った。

それ以来、当時、バイエルン州知事でもあったゼーホーファー氏は、メルケル首相の難民政策の最大の批判者となった。そして、今年の3月に始まった第4次メルケル政権で内務大臣に就任したあと、難民政策の主導権を握ろうとした。すると、その途端、メルケル首相と正面衝突となったわけだ。

 

では、CDUとCSUの意見の相違とはいったい何だったか?

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