元衆院議員が明かす「選挙とカネ」の語られざる闇

細野豪志5千万円借入報道を受けて
井戸 まさえ プロフィール

さて、こうした候補者間、もしくは政党幹部との金銭を含めたやり取りは「候補者同士」の間では共有されている情報だ。

こうした金銭については、選挙資金報告書や政治資金収支報告書へ記載をすればいいし、公開情報となっているからやり取りを含めて、ある程度までは有権者が読み取ることは可能である。

問題はそれが記載をしていない場合であるが、例えば他の政治家が別の政治家の金銭授受を認識していたとしても、報告書に記載するか否かまでは他人が口出しすることでもチェックすることでもない。

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何か不正が疑われることが起れば、それは自業自得であるという不文律があるからだ。

諸行無常の流れは止まることはない。政党が離合集散するなかで、候補者がどの立ち位置にいることが良いのかはある意味「掛け」でもある。

一方では「国会議員」から「首長」や「地方議員」へと自らのステージを変えようという人も現れる。しばらく休憩して、金銭面も含めて体力を整え、態勢の建て直しをする。とりあえず、収入確保は大事。

また、どの色の「バッジ」であっても、それをつけて「現職」となれば政治生命はつながって行く。そのうちに、いつか必ず「リベンジ」の機会はやって来る。

 

この業界に見切りを付けて、別の仕事につく人ももちろんいる。誠実な政治家だと思う人ほど政治の世界から去っていく傾向にあるほうにも見える。

「金」を集め、回し続ける者しか生き残れない。それが多少「ルール違反ギリギリ」だと自覚していても、資金集めをしていかないと「総理」への道は見えてこない。

逆に「ギリギリ」の金に絡むようになってこそ、政治家として一人前であるといったような雰囲気さえ残っている業界でもあるとも言えるのだ。

また、そこで見聞きしたことは他言無用。掟を破れば何らかのまっとうらしい理由をつけて追放することは簡単、といった暗黙のプレッシャーもある。小選挙区制度が導入されて以降の「公認権」のあり方の変化は、実質候補者たちの行動を制限するものとなっている(『世界』5月号参照)。

だから、おかしいと思うことがあっても、声はあがってこない。

そんな政治文化を変えるためにも、今まで語られてこなかった政治資金について、有権者に伝えて行く作業はジャーナリストとしても、また政治家のひとりとしても大切だと思っている。