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4年後のW杯も、日本代表は「心配無用」と言える理由

ようやく「日本らしい戦い」がわかった

新監督について語る前に

「前から行って、みんなで走って、ボールをつないで。自分たちの目指すサッカーをやりきった」

ベルギーとの激闘を終えた後、ミックスゾーンにやってきた長友佑都は清々しい顔で語っている。

あの日、ロストフで日本代表はひとつの戦いの形を見せた。それは端的には、「ボールを大事にすること」と言えるだろう。勇敢にボールを持ち運び、失ったボールはきちんと取り戻し、再び鋭く攻め立てた。球際では勇敢だったし、体も張った。

しかし、ベルギーを相手に2点をリードしながらも、逆転負けに終わっている。ベスト8の壁は、今回も越えられなかった。

「西野監督続投か、クリンスマン新監督招聘か」

 早くも国内ではそんな論争があるというが、今のうちに、もっと本質的な議論が必要だろう。

 

やはり「海外の風」は必要だ

代表の存在意義はどこにあるのか?

現代のサッカーでは、代表チームが必ずしもその国のサッカースタイルを象徴しない。むしろ、画一化は足枷となる。様々なタイプの選手を最適に評価し、国内の各地域から生み出せる育成環境づくりが欠かせない。

もっとも今回のように、代表選手たちの誇り高い戦いが、人々の心に訴えるのは事実である。感動した少年少女たちは、直感的にサッカーボールを蹴りたくなるだろう。大人たちは週末、Jリーグのスタジアムに足を運ぶかもしれない。国内でサッカー熱がジワリと上がる。そういう波及効果を、唯一無二の力を、代表チームは持っている。

その意味では、すでに今大会の代表は「成功を収めた」と太鼓判を押せる。

「代表に対して、人々が無関心になるのに危機感を持っていた」

長谷部誠はそう語っていたが、サッカー人気の下落に一つのくさびを打ち込んでくれた。

しかしその一方で、文字通りの「日本人の選抜」である代表チームが、今後どのような戦いを模索していくべきか、というテーマは突き詰めておく必要がある。

今回は西野朗監督が「急遽登板して好投」した。しかし日本の選手にとって、やはり海外からの刺激は受け続ける必要がある。

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それは、次期代表監督を誰に任すべきか、という問題にも通じる。代表監督が絶対に外国人でなければいけないわけではないが、誰かしら外国人スタッフを入れるというのは筆者も賛成だ。

なぜならマイナス面も含めて、異文化との交流は、サッカーという集団スポーツでは活力になる。そして日本人選手の短所は、海外でプレーすることによって修正され、鍛えられる部分が少なくない。