国民的飲み物・カルピスの「壮絶誕生秘話」~今日はカルピスの誕生日

創業者がモンゴルで出会った味
山川 徹 プロフィール

与謝野晶子、岡本太郎の助け

またカルピスの試作品を親しく付き合っていた与謝野鉄幹、晶子夫妻や、岡本一平、かの子夫妻、その子どもでのちに芸術家となる岡本太郎らに試飲してもらって、アドバイスをもらっている。

与謝野晶子からは<カルピスは 奇しき力を 人に置く 新しき世の 健康のため>という一首を授かり、また岡本太郎は、のちにカルピスをモチーフとする壁画まで制作している。

なぜ、日本を代表する人物たちがこぞって三島に力を貸したのか。おそらく三島の壮大な生き方に魅せられ、そして純粋な思いに賛同したからだろう。

三島がカルピスに託した思いがある。それが、国民の健康と幸せだ。その強い思いは「願い」や「祈り」と呼んでもいい。

その原点は、自身の闘病経験だけではない。帰国後、三島は2人の娘を若くして亡くしている。その無念の体験が、健康と幸せへの思いをより強くした。

 

国利民福――。企業は国家を富ませるだけでなく、国民を豊かに、そして幸せにしなければならないという三島が辿り着いた理念である。

三島が96年の人生の大往生を遂げたのは、1974年。それから44年の歳月が流れている。

2000年代の派遣労働の規制緩和がきっかけとなり、正社員の割合が大幅に減り、派遣社員の割合が増えていった。あらわになった格差は、どんどん広がり、手の施しようがない。それは他人事ではなかった。超氷河期時代に大学を卒業して、フリーライターという職を選んだ私も、不安な日々を生きてきた。

見えない将来の展望、あまりにも広がった格差のせいで、日本人から他者を思いやり、社会をかえりみる余裕を奪ってしまったように見える。自分を優先しなければ、競争を生き抜けない。

こんな今だからこそ、三島が訴え、実践してきた国利民福から学べることがあると思うのだ。

カルピス社は、2016年にアサヒ飲料に吸収合併され、企業としての終焉を迎えた。天国の三島は悲しむだろうか。いや、そんなことはないはずだ。

繰り返すが、三島は企業の売上げより、日本人の幸せを祈った。カルピスがいまも愛され、国民の健康を支えているという事実こそ、三島の本望だろうから。