国民的飲み物・カルピスの「壮絶誕生秘話」~今日はカルピスの誕生日

創業者がモンゴルで出会った味
山川 徹 プロフィール

貴族の食卓で出合った「乳製品」

北京を旅立った三島たちは、ひたすら奥へ、北へと冬のモンゴル高原に馬を走らせた。旅商というよりも、探検に近い旅。大きな成果はえられなかったが、この旅で知り合ったモンゴルの王公や貴族たちとの縁を新たなビジネスに活かしていく。

中国大陸を支配していた清朝は、1840年のアヘン戦争でイギリスに敗れて以来、清仏戦争、日清戦争と立て続けて敗北した。清朝政府は機能不全に陥っていた。モンゴルの治安も悪化した。

三島は土地や民、財産を自らの力で守る必要に迫られたモンゴル王公から武器の買い付けを依頼される。三島は北京とモンゴルを行き来して、手広い商売を営むようになる。

 

そんな旅のさなか、1つの出会いがあった。現在の中国・内モンゴル自治区ヘシクテン旗を治めるジャンバルジャヴという名の貴族である。

1908年夏、ジャンバルジャヴは三島をヘシクテン旗に招待する。同地はモンゴル高原のなかでもとくに豊かで、1800種類もの植物が茂る。

滋養がある草原で育った家畜から作る乳製品は、味がいいのはもちろん栄養が豊富で北京でも有名だった。この一夏の旅が、日本初の乳酸菌飲料誕生の原体験となった。

三島は、医師からは長くは生きられないと宣告されるほど、病弱な少年だった。大人になっても不眠や頭痛に悩まされた。そんな三島は、元朝時代、ユーラシア全土を支配下に治めたモンゴル遊牧民のたくましさに憧れていたのである。

ジャンバルジャヴ家の食卓には、モンゴル遊牧民のソウルフードと言える乳製品が並んでいた。その1つが絞りたての牛乳から作ったジョウヒと呼ばれる乳製品だ。

牛乳が発酵すると表面に厚い膜がはる。その膜を掬い取って作る乳製品である。そのジョウヒを口に入れた瞬間、三島は直感した。これだ、これが、モンゴル人の活力の源だった、と。

2016年、三島の旅路を追うなかで私も内モンゴルに赴き、遊牧民たちと交流した。そこで100年前と同じ製法で作られたジョウヒを味わった。

口に運ぶと予想に反して酸味はなく、淡泊でクセのないまろやかな口当たり。味も食感も生クリームに近い。よくいえば、上品。しかし、特徴がないとも言えた。