映画『ハン・ソロ』はスター・ウォーズ「原点回帰」の娯楽活劇だ

小難しいことは言わずに
中川 右介 プロフィール

ハリソン・フォードを忘れられるか?

『ハン・ソロ』が「あのハン・ソロの若い頃」の物語ならば、エピソード7は「あのハン・ソロの30年後の物語」だった。ともに「観客はエピソード4から6までの3作を知っている」ことを前提としている。

その観客がエピソード7に拍手喝采したのは、30年後のハン・ソロを演じたのが、30も歳をとったハリソン・フォード自身だったからに他ならない。誰も、「こんなのハン・ソロじゃない」とは言えない。

ハリソン・フォードハン・ソロといえばこの人〔PHOTO〕gettyimages

しかし、『ハン・ソロ』は、ハリソン・フォードが若返って演じることは不可能なので、別の俳優が演じるしかない。

日本なら歌舞伎役者の父子が、父の若い日の役を息子が演じることがよくある。たまたま今月(7月)の歌舞伎座は『源氏物語』が上演されるが、光の君を市川海老蔵が演じ、その幼少期は息子の堀越勸玄が演じるが、ハリウッド映画にはそういうシステムはない。いま調べてみたが、ハリソン・フォードにも息子はいるが、俳優ではなくレストランを経営しているそうだ。

ハリソン・フォードは、エピソード7の後に、『ブレードランナー2049』にも出て、35年後のリック・デッカードを演じ、さらに2020年には『インディ・ジョーンズ』シリーズの第5作にも出るという。「その後」ならば、生きている限り可能なのだが、「若き日」は不可能だ。

『スター・ウォーズ』ファンが『ハン・ソロ』を楽しむための、最初にして最大のステップは、ハリソン・フォードを忘れることである。

そういえば、『インディ・ジョーンズ』も、劇場用映画ではなくテレビ映画だったが、『若き日のインディ・ジョーンズ』というシリーズがあった。ハリソン・フォード以外の若い俳優が演じたことに賛否両論だった記憶はないが、テレビ・シリーズそのものがあまり話題にならなかったからだろうか。

 

タイトルの語感

『スター・ウォーズ』とは、帝国がどのようにでき(エピソード1~3)、どのように倒れ(エピソード4~6)、そして再興する(エピソード7~)というのが背景にある大きな物語で、そのなかを生きるスカイウォーカー家三代の人々の物語が前面にある。

スターとしてのギャラはともかくとして、ハリソン・フォード演じるハン・ソロは物語の構造上は「重要な脇役」でしかない。

だから、どういう星で、どういう親のもとに生まれ、どういう少年時代を過ごしたのか、何も知らされなかった。西部劇に出てくる「流れ者」のような存在だった。「ハン・ソロ」という名前だって、本名かどうかわからない。

『ハン・ソロ』では、なぜ彼が「ソロ」という名なのかが、初めて明らかになる。

『スター・ウォーズ』は「A long time ago,in a galaxy far,far away...(遠い昔。遥か彼方の銀河系で)」の物語なのに、登場人物は英語で話し、スカイウォーカーなんて名は英語そのものなのだが、たいがいはヨーダのように英語としての意味のない名前だ。

soloは英語では「ひとり」「孤独」という意味だが、ハン・ソロの「ソロ」がその意味なのかどうかは、これまであまり深く考えていなかった。

しかし、意味があったのだ。

こう考えると、日本では『ハン・ソロ』というタイトルだが原題は『SOLO』なのは、けっこう深い意味があるのかもしれない。