「定年後に終わる人」と「定年後から始まる人」の、ほんの少しの差

「薄く広い人脈」を作れますか?
清水 計宏

悲しき中小いじめ

某大手電機メーカー系のシステム会社に勤めるM氏は、大手企業や公共機関向けに、各種Webサイトの構築のほか、予約・決済、受発注・顧客管理、決済といった業務系システム開発を担う仕事に就いてきた。

現場のリーダーをしていたとき、能力のある部下に恵まれ、納品したシステムが"ベストイノベーション賞"を受賞するなどして、手腕を認められたりした。

だが、得意先企業とサポート体制でトラブルを起こしたことがきっかけで、いったん地方に左遷された後、何年かぶりで本社に戻った。その頃から下請けや仕入れ先をいびるようになった。

課長や担当部長をしていたとき、ソフト開発の不具合や仕様書の難点を見つけては、下請け企業の責任者を呼びだし、

「お前の給料はどこから出ているのか分かるだろう。こりゃあ賠償ものだよ。しっかり納期までに言った通りにやらないと支払いはできないよ」

などと脅すようにいびった。

 

部下が仮発注した金額に不満があると、自ら値切り交渉をして、利益が出るか出ないくらいのギリギリの金額で発注することもよくあった。

下請け企業は、取引の維持と売上目標達成のため、赤字覚悟で仕事を受けることもあった。弱い立場の企業に手厳しくても、親会社や大手企業との取引にはおおかた甘かった。

販促やイベント関連のカタログ、パンフレットを発注する小規模の印刷業者にも難癖をつけて値引きを迫った。

M氏は55歳で管理職定年を迎えて、主査という部下のない閑職に就いた後、定年を間近にして再就職先を見つけることに駆けずり回るようになった。

下請け企業の中で中堅の企業から順に打診していったが、「いまはリストラをしていて、そんな余裕はありませんよ」などと、体よく断られた。

どうにか小規模のソフト会社1社が引っかかった。給料を打診されたとき、「50万円といいたいが、40万円以上であれば…」と要望して苦笑された。

「ウチのようなところは、大手から手厳しく値切られますからね。月に13万円以上は出せませんよ。それからトイレ掃除はできますか?」などと意趣返しされて絶句した。

結局、就職情報サイトで見つけた企業になんとか採用されたものの、1年もしないうちに解雇された。前職で働いていた頃に部門として受賞した盾やトロフィーを一人で手にした写真を持ち歩き、人に自慢げに見せながら愚痴を語ることが多くなった。

発注金額の値引き要求は、担当者の給料と評価が下がらない大企業の責任者に対してすべきであり、中小零細には気をかけてやるべきである。

低すぎるときは、「これで大丈夫か」と声をかけてやるくらいの気配りがあってもいい。仕入れや資材調達で下請け業者をいじめ続けると因果応報が待っている。

photo by istock

別のF氏は、大手旅行会社で、官公庁や議員、公共企業向けに海外ツアーを企画・立案・実施していた。担当課長で定年を迎えた。

現場の責任者のとき、目標を達成しない部下の帰社を許さず、訪問件数とテレコールが足りないからだと叱り、スパルタ営業術を徹底した。

弱い立場の人との約束はよくドタキャンもした。セクハラの傾向があり、すれ違いざまに女性の尻や胸にさわることもあった。

気に入らない部下にはパワハラを繰りかえし、なかには失踪した人までいる。退職後は、小さな旅行会社を起業したものの軌道に乗らず、保険や羽毛布団のセールスをしたあとに、妻と離婚して独居生活に入った。

逆にこれは成功したケース。

生活雑貨用品メーカーで執行役員まで上り詰めて定年退職したE氏は、在職時代に「あなたが失敗したら私が責任を取るから、とにかく思い切りやってください」と部下を守り、ちょっと他の人と色合いの違う意見を言う人に対して

「あなたの考え方はいつも面白いなぁ。次は、それをどうやって実現させるかを考えてくれますか。まず十の方法を一週間で検討してください」

と励ました。

イベントの受付をした女性社員にも「ご苦労さま。受付の応対がいいって褒められたよ。ありがとう」などとこまめに声をかけた。任せられた組織内ではコミュニケーションが促され、とても風通しがよかった。

下請けに対しても、「これでは利益が出ないでしょ。ちゃんとあなたの給料が出る金額でかまわないですよ」と中小零細には配慮した。

その一方で大手取引先の責任者に対しては粘り強く価格交渉をした。他の部門でくすぶっていた人でもしっかり使いものになる人材にするので、「育てのE」といわれるほどだった。定年退職後は起業して、管理職の教育を請け負うビジネスを軌道に乗せた。