「愛国ソング」30年史を振り返る〜長渕剛からRADWIMPSまで

なぜアーティストはニッポンを歌うのか
増田 聡 プロフィール

ニッポンを意識せざるを得ない

1990年末のNHK紅白歌合戦への長渕の出演は象徴的な瞬間となった。冷戦崩壊の舞台であったベルリンからの生中継で出演した長渕は、「まあ恥ずかしい話ですけど、今の日本人、タコばっかりですね」と毒づき、「親知らず」他3曲を歌った。

「俺の祖国日本よ/どうかアメリカに溶けないでくれ」(「親知らず」)と絶唱する長渕の姿は、冷戦後の世界でポップ・ミュージックもまた「ナショナルなもの」と無縁ではいられないことを先駆的に示した(長渕剛のナショナリズムの危うさと可能性については杉田俊介『長渕剛論』が必読の論考である)。

この背景には、冷戦の崩壊、グローバル化という社会変動があることは間違いない。日本語を話す日本人だけの空間から、グローバルな世界の中で「JAPAN」を名乗ることが一般化した90年代、日本人は他国からの視線にさらされ、「ニッポンとは何か」という問いに直面せざるを得なくなる。

それと機を一にするように、ポップ・ミュージックにおいてもミュージシャンは「ニッポンとは何か」を主題化し始める。当時「右翼的」と批判された長渕の後を追うように、さまざまな形で「ニッポン系ポップ」が現れてゆく。

 

ニッポンのヒップホップ

そうした流れのなか、90年代にはまた、当時勃興し始めたアンダーグラウンドなヒップホップの領域でも「ナショナルなニッポン」を扱うミュージシャンが現れはじめる。

アメリカ在住のバイリンガル・ラッパーSHING02(シンゴ2)は1997年に「パールハーバー」をリリースした。真珠湾攻撃の零戦パイロットの心境をラップしたこのシングル(日本語と英語の双方のバージョンがある)は、沈没する戦艦アリゾナの写真のジャケットに収められてアメリカではリリースされたが、日本ではその写真に難色が示され、ジャケットが差し替えられた真っ白のCDとして発売された。

「パールハーバー」のジャケット

SHING02は決して国粋主義的な思想を持つものではないが、グローバルな環境の元で「ニッポンとは何か」を問い続ける彼の姿勢は、右翼的にも映る表現を選択させることになる。

しかし、90年代のJポップはその問いかけを正面から受け入れることを拒み、「パールハーバー」はひっそりとリリースされる他なかった。「ニッポン」を正面から取り扱う音楽は、この時期にはまだ戦後のタブーから自由ではなかった。

だがその後のヒップホップの流れの中では、一連の保守的なラッパーたちの活動が活性化していく。2000年前後からKダブシャイン(キングギドラ)や、長渕とも共演する般若といったラッパーたちが活躍し、日本社会の現状を批判的に捉えたリリックを綴る。

演者のアイデンティティの強調が重要になるヒップホップの流儀は、「ナショナルなニッポン」をしばしば正面からテーマに掲げることを促した。その流れはこんにち、靖国神社で奉納ライブを行う英霊来世(エーレイライズ)のような、極度に国粋主義的なラップグループの出現にまで至る。