サッカーに熱狂する中国人は、日本代表をこんな風に見ている

「我々は一体何年遅れているのだ…」
古畑 康雄 プロフィール

こうした中、アジアの代表として自国ではなく、日本代表を支持する中国人ファンも現れている。特に多いのが上海で、日本代表の初戦となったコロンビア戦では、上海の居酒屋に「サムライブルー」のユニフォームを着た中国のサッカーファンが集まり、声援を送った。

「今夜、我々は精神日本人」と大興奮

第2戦で日本はアフリカの強豪セネガルを相手に善戦し、2-2の引き分けに持ち込んだ。この試合での日本の活躍ぶりについて、「今晩、我々はみな『精日分子』となった」という文章がネットに掲載された。

 

「精日」とは以前紹介した心の中で日本に憧れ、日本人になりたいと思う「精神日本人」のことだ。内容は次のようなものだ。

歴史はこの6月24日という深夜を記憶するだろう。ロシアのエカテリンブルクの競技場で開催されたワールドカップ(W杯)1次リーグH組で、日本はセネガルと対戦した。

初戦のコロンビア戦はコロンビア選手がレッドカードで早々に退場したという運の良さもあり、国内の多くのサッカーファンはセネガルの勝利を予測していた。

試合開始後、セネガルが優勢を占めた。アフリカの選手は身長も高く、体格もスピードもアジアの選手を上回り、加えて多くの選手が欧州のトップチームに所属していており、技術も高かった。

さらにアフリカ人はサッカー場のルールの理解も常人を上回っていた。相手を押したり、脚で蹴ったり、体をぶつけたりと、たちまち日本選手は倒され、数メートルも飛ばされ、転がるひょうたんのようだった。その乱暴なやり方で、セネガルと並び称すことができるのは韓国だろう。

セネガル選手の平均身長は1メートル86センチメートル、世界第2の高さであり、日本は1メートル78センチと下から3番目だった。だが直感的にはセネガルがさらに上回り、試合の映像では日本の選手はセネガルの半分の大きさにしか見えなかった。

セネガルはその身体能力、そして反則プレーにより日本を圧迫、日本がまだ対応できないうちにゴールを決めた。いかなるチームもこのような全面的に圧迫された局面では、崩壊しないにしても、戦々恐々とし、さらなる失点を防ごうとするだけだろう。

だが日本人の精神は身体よりもはるかにたくましかった。何事もこの民族を威嚇することはできず、ましてや崩壊などしない。彼らはただちに局面を奪い返し攻勢に出て、その熟練したドリブルやボールコントロールにより、セネガル選手に取り囲まれながらもボールを保持し、包囲をくぐり抜けてなめらかにチームメイトにパスした。

この時日本はその優位性が明らかになった。彼らのボールさばきは細やかで、グラウンドを見渡す視野は広々とし、頭脳はより聡明で、戦略や戦術はより明晰だった。短いパスでミッドフィールドを支配し、長いパスで相手の防衛ラインを突破した。

日本はセネガルに2度先制されたが、乾、本田のゴールで追いつき、その後も士気が上がり、猛攻を加えたが、引き分けに終わった。

特に取り上げるべきは、今回の試合で日本が非常にフェアプレーに徹したことだ。セネガルのラフプレーに対し、日本は相手を手で押すくらいで、脚を踏みつける、脚を引っ掛けるなどの陰湿ややり方は一切せず、相手から押し倒されても冷静さを失うことなく、怒ったり怒鳴ったりといった仕返しはなかった。ある言葉で形容するなら、まさに「大和民族の真の君子」だった。 

それに比べ、最初から最後まで各種の野蛮な行為を繰り返したセネガルは、全く別の文明から来たかのようだった。

アジア人の体格はアフリカに劣り、場面をコントロールし、敵を圧倒するためには、敵よりも2倍もの体力と努力を必要とする。日本はだが自分よりも背が高い相手の野蛮な行為に不平を言ったり怒ったり、怒鳴ることもなく、ひたすらボールを蹴ることに精神を集中した。2度も遅れを取ったが、驚くべき気迫で挽回し、何度も反撃の機会をつくった。この困難さは言うまでもないだろう。

この堅忍不抜(どこまでも耐え抜く)大和民族は、まさに東アジアのお手本と言っても過言ではない。

セネガルは世界ランキングが27位、61位の日本よりもはるかに上だ。完全に不利な状況で、試合に勝つには、日本は智慧と気迫、団体精神に頼った。

日本は80年代しばしば中国に負けていた。90年代に決心し、ブラジルなど南米に学んだ。ブラジルサッカーは極度に腐敗した体制の下、かつてのような強大さは失われた。日本の球技はサンバが骨身に染みているブラジルには及ばないが、その団体精神、堅忍不抜の意志と気迫はすでにこの師匠を上回っている。

大和民族、その外面は儒者のようなうやうやしく、君子のように謙虚だが、困難に直面するたび、ますます勇敢になり、鍛え磨き奮進し、わが道を押し通す、それはまるで恐ろしい光を放つ名刀のようだ。

このような日本に、(我々は)「精日」にならずともよいのだろうか?今夜、我々は皆「精神日本サポーター」であり、「精神日本サッカーチーム」だった。

決してあきらめることのない日本サッカーは、まぎれもなくアジアの光である。

日本サッカーは低迷著しいアジアを救った。不正なジャッジやファールで「名を天下に知らしめた」韓国サッカーを救っただけでなく、こせこせして脚力がなく、全く役立たずの中国サッカーを救った。

このような日本人に誰が反感を抱くだろうか? このような日本サッカーを誰が嫌悪するだろうか?

ポーランド戦も「問題ない」が7割強

「精日」は今では中国当局が「日本軍服を着て日本軍国主義を礼賛する中国人」と決めつけ、いわば人前で言うことをはばかる言葉になっている。それだけに、この日本サッカーを称賛する文章は、現在のネット言論環境を考えれば、大きな勇気と意義があると言える。

第3戦のポーランド戦では、ラスト10分間の日本チームのプレーには中国でも批判があった。だが大手ポータルサイト網易が行った調査では、この「談合試合をどう見るか」という問いに、1万1000人のうち72%が「批判できない。1次リーグ突破のほうが重要」と答え、「激怒する。スポーツ精神への冒とくだ」の14%などを上回った。

日本サッカーファンの知人も微信で「日本が嫌いな中国人はいろいろ嫌味を言うだろうが、関係ない。1次リーグ突破こそが勝利だ」と筆者に語った。

この日、上海のバーでは、日中のサポーターが集まり、日本と中国の国旗を合わせた旗を振って、日本に声援を送ったという。

2-3で強豪ベルギーに惜敗した2日の戦いでも、「アジアの誇り」「負けたが立派だった」というコメントがサッカーサイトなどで相次いだ。

上からの「日中友好」ではなく、草の根で広がりつつあるスポーツを通じた相互理解と友好が、民間感情の氷を溶かすことにつながればと願っている。

(本稿は筆者個人の見解であり、所属組織を代表するものではない。)