金大中事件とは何だったのか? 「独裁者の心の闇」に戦慄する

あのころは北も南も独裁国家だった
堀井 憲一郎 プロフィール

事件の2年前、1971年に金大中は大統領選に朴正煕批判勢力の代表として出馬した。

独裁政権ではあるが、いちおう民主共和政スタイルを取っていたので、ふつうに選挙が行われた。

当然のごとく、朴正煕大統領は選挙干渉を行う。具体的にはどこまでどうやったのかわからないが、永久政権を目指す現職大統領が負けるわけにはいかない。あらゆる手を使っての選挙干渉を行った。

たとえば「有権者の買収と脅迫。投票用紙の偽造。棄権者票の買い取り。金大中票の破棄および無効扱い」(以上は金大中事件を描いた2002年の映画『KT』での描写)、そういうことをやったようである。

朴正煕朴正煕(1917-79)〔PHOTO〕gettyimages

大掛かりな干渉をおこなったのに、得票は朴正煕53%、金大中45%だった。ふつうに見れば朴正煕の完勝であるが、「現職大統領が、大幅な選挙干渉を行った結果」としてみれば衝撃的敗北であろう。平の勝負なら、金大中が勝っていた。政府もそうおもった。

金大中の支持勢力は朴正煕にすれば反国家勢力である。

金大中なる政治家がいると「韓国のためにならない」と朴正煕はこのとき強くおもった(はずである)。

大人になると朴正煕の考えもわかる。まったく賛同はしないけど。

経済基盤の固まっていない途上国には、即断できる独裁政権が適切であり、国家レベルの思考をしない貧しい民たちの民意を反映していたら、国が成り立たなくなる。それが朴正煕の考えである。

人が苦労して国を作り上げている最中に、民衆を煽り、その不満をこちらにむけ、人気だけを自分のものにしようという金大中という男は、国を滅ぼす男だ、とも考えていただろう。

忠告したところで、かれの行動は変わるまい。政治の本質をわかっていない男なのだから。では消すしかない。韓国のためである。

たぶん、そんなところではないだろうか。

途中まではわかるが、後半の飛躍がちょっとついていけない。

しかし金大中謀殺を決断する。

 

独裁者の深い闇

ひとつ言っておくと、のちに「漢江の奇跡」と呼ばれる韓国の驚異の経済発展の基礎を作ったのは朴正煕政権であり、そういう面での彼の功績は歴史に残るものである。彼をいまでも高く評価する人たちもいる。

ただ暗黒面では、とてつもなく深い闇がある。

金大中も、ただ殺そうとしたのではなく、消そうとした。

暗殺ではなく謀殺と書いているのはそういう意味を含めている。抹殺と言ったほうがいいかもしれない。

金大中が殺されたこともわかってはいけない。彼は、忽然と消えたように、密かに殺されなければいけない。実行犯たちの動きはそういうものであった。そういうオーダーだったのだ。

大統領選挙後の韓国内で、金大中の乗っているクルマにトラックが突っ込んだことがあった。同乗の3人は死亡、金大中は重傷を負った。明らかな暗殺未遂である。そのためかれはアメリカへ事実上の亡命をし、日本とアメリカを行き来していた。

こんどは日本で(具体的には日本近海で)殺そうとした。