ある日突然、「虐待」で通報された親子のトラウマ

本当に必要な対策とは何か?
井戸 まさえ プロフィール

そして、また、ふと思い出す。

台所にいたBさんに向かって夫が激しく怒鳴った時、廊下側の窓が開いていたことに気がついた。風に揺れるカーテンの先に隣の独居男性の視線があった。

一人暮らしの老人は子どもが泣くと、どんどんと壁を叩く。確かに長男の泣き声は響くから、迷惑をかけていないとは言わない。何度か謝りに行ったこともある。それにしても「虐待」で通報とは。

「"アザ"はお父さんですか?」

夫婦が別々に呼ばれてヒアリングをされる段になるとそう聞かれた。長男が自分でお尻の下にブロックを敷いて座った所が、アザのようになっていたのは知っている。それがなぜお父さんがやったとなるのだろうか?

この日から5週35日間、Bさん夫妻は一度も子どもたちに会えず、どこにいるのかさえ知らされなかった。

長男には投薬が必要だったが、そのことすら児童相談所は把握しておらず、これがもし別の病気だった場合はそれこそ命にかかわるのでゾッとする。

子どもを「保護」するが、個別の健康状態等についてまでは気が回らないならば、それこそ「虐待」なのではないかとさえ思う。

 

「僕は悪くない」が意味するもの

子どもたちは5週間後、ようやく一時保護所から戻ってきたものの、彼ら自身にも、また親子関係にも変化が起きたとBさんは感じている。

「これまでと違う」と最初に気づいたのは、子どもたちが「僕は悪くない」と主張するようになったことだった。

子どもだって四六時中天使ではない。時に嘘をついたりもする。それを注意しても「僕は悪くない。悪いのはお母さん、でももっと悪いのはお父さん。先生にそう習ったから」と。

心理カウンセラーは子どもの自尊心を高めるためにそう教えたのだろう。

しかし小学4年生の子どもでは十分な理解はできない。最後の「お父さんが悪い」というのがデフォルメされて刻印されているようだった。

親に何か言うことを聞いてもらいたかったならば、次男はわざと隣の家との境に言って叫んだりもするようになって、長男ともども以前よりも手がかかるようになった。

彼らは子どもと大人が入り交じる難しい時期を迎えていた。

「僕がいた場所を見てほしい」

梅雨に入ろうかという頃だった。子どもたちの変化に戸惑い、どう対処していいか迷っていたBさんに向かって次男が突然そう言った。

そして、道路の標識の文字等覚えているいくつかの単語を言った。BさんはiPadを取り出し、Googleマップを開いた。

地名から類推して、いくつかの場所を入力してみる。出た画面を次男に見せる。

「ここだよ。裏の道をいくと、学校につながるんだ」

早速行ってみることにする。カーナビに住所を入力するが、地図上には表示されなかった。

「防犯カメラがあるから、あんまり近くには行かないでね」

次男によれば、一時保護所の玄関には防犯カメラのモニターが何台も並んでいて、不審者が入って来ないように見張られている。