脱法シェアハウス暮らしから見えた日本に潜む「悪意ある人種差別」

「日本は単一民族の国」なんかじゃない
王谷 晶 プロフィール

フィルターを装着する人々

「日本には人種差別はない」と言い切れてしまう人がいるのはなぜだろう。たぶん、その人たちはそもそも外国人がこの国で、すぐ側で、一緒に生活をしていることに気づいていない。報道で見ても実際に視界に入っていたとしても、同じ社会に暮らしている人たちなんだという感覚が無ければ、それは自分と無関係の他人事に思えてしまうのではないだろうか。

個人が草の根的にやっている這い寄るような差別は、意識しないと被害者以外には存在が分からないことがある。Aさんに起きたことだって、Bさんに宿題の相談をしなかったら発覚は遅くなっていただろう。AさんとBさんの間に気軽に質問や会話ができるような関係性が作られていたから、知ることができたし手助けもできた。

でも仮にAさんの存在をBさんや私が無視していたら、「そこにいない人への差別」なんて気づきも意識もすることはできない。Aさんは差別者に騙され続け、傷つくことになっただろう。

 

東京オリンピックが近付いている。労働人口がダダ減りする中、かつてない人数の外国人労働者が日本で働いている。生活している。旅行者だって大勢来日している。

「日本は単一民族の国」「人種差別のない国」は絵空事を通り越した、ただの嘘だ。彼らはここにいるし、私たちと同じインフラで生活しているし、日々喜びや苦しみに直面している。差別について考える、以前に、その存在を無視しないようにしないと問題があることにも気づけない。

人間の脳の機能というのはすばらしく高度だ。気の持ちよう一つで、人は自分の見たいものだけを見て無視したいものは意識の外に放り投げてスルーできてしまう。フィルターを装備して、実態のある透明人間を作り出すことができる。

私も昔仕事相手に世間話のついでに「同性愛者なんてリアルではほとんどいないでしょ。俺見たことないし」と言われ、大きなショックを受けた。その人は大会社の社員で、規模から考えると一緒に仕事をしているメンバーに必ず性的マイノリティはいるはずだし、だいたい学校を出て社会人をやってという生活をしていて身近に同性愛者が存在しなかったなんてことはありえない。絶対にいたはず。

でも彼には見えていないし、誰も彼には打ち明けなかったのだ。それが彼の着けているフィルターだ。

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そうやってフィルターを作って「問題のないマジョリティの日本人だけが住んでいるきれいな日本」を見て過ごしていたら、とりあえずは気は楽だろうけど、フィルターは所詮フィルターなので、剥がれ落ちてしまったときは目の前に広がる現実に準備もなく対処しなくちゃいけないことになる。

「差別だのなんだの、うざったいし、考えたくない」そういう人もいるのは分かる。なんにせよものを考えることはうざいしめんどくさい。でもまずは見えているものをいないことにするのを、やめてみませんか。それだけでも世の中少しだけいい方向に進む気がするので。

私の小説に「こいつの小説、外国人の登場人物が少なすぎる」「外国人の描き方が非現実的」という感想がつく日も、いつかは来るのだろうか。

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