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グローバル資本主義の膨らみ続ける「欲望」にどう向き合うか

現代新書 特別エッセイ「自著を語る」

ベルリンの壁崩壊は社会主義の終焉か?

『「欲望」と資本主義』を出版したのは1993年であった。

89年から90年にかけて私はイギリスに滞在していたのだが、それはちょうどベルリンの壁の崩壊、東西ドイツの統合、のちのソ連の崩壊へと続き、東と西を隔てる分断線が音をたてて崩れ去るという時であった。ヨーロッパの冷戦の終結である。

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ヨーロッパの端に少し孤立して位置するイギリスの場合、万事に対して冷静を装う国民気質もあって、決して大騒ぎと言うほどではなかった。

しかしそれでも、連日テレビは特集番組を組み、通常は静寂に包まれたような大学でも、連日、シンポジウムや講演会などが開催されていた。

あるとき、知り合いのイギリス人の経済学者にこの事態の感想を聞いてみたことがある。彼はいわゆる左翼系で社会主義シンパであることを私は知っていた。だから、社会主義の崩壊について彼がどう考えるのか、少し皮肉な興味があったのだ。

すると意外な答えが返ってきた。彼はこう答えたのだ。

「これからこそ、われわれの出番がやってくる。崩壊したのは共産主義だ。社会主義ではない。それは結構なことだ。誰もが資本主義の勝利というだろう。しかしそうではない。勝利したのは市民社会だ。生じたのは民主主義革命だ。だから、これから社会的平等を大事にする社会民主的な思想が見直される」 と。

私はこの時期の日本のマスメディアや言論の事情は知らない。しかし、社会主義の大崩壊イコール資本主義の大勝利、という見方が圧倒的に強かったのではないか、と思う。

刊行当時の装丁

アメリカでもそうだったのではないだろうか。だから、このイギリス人学者が実にすがすがしく、しかもしごく当然のように、これは民主主義の勝利であり、それは社会民主主義の出番だ、などというのはいささか面白く思ったものである。

 

巨大な自由競争時代へ

しかし、事態は明らかに彼の予測を裏切っていった。

アメリカは高々と自由な資本主義の勝利を宣言し、世界的規模での自由な市場競争の拡散と、かつてない利潤機会の到来を予測した。こうしていわゆるグローバル資本主義の時代が到来した。もちろん、それは十二分に予想されることだったのである。

そして、社会民主主義どころか、そんなものを一気に蹴散らす巨大な自由競争時代となり、EUでまとまろうとしたヨーロッパは丸ごとその中に飲み込まれていった。

これが90年代、「冷戦以降」に生じたことであった。

私の友人の予測はこうしてまったく的外れに終わったのだが、左翼でもなければ、社会主義シンパでもない私も、実は、彼の気持ちはよくわかったのである。もっとも、彼とは少し違った意味でではあるが。

社会主義の崩壊は明らかに資本主義の世界的な拡大をもたらすだろう。しかし、それはまた資本主義の膨張に対する歯止めの崩壊を意味するだろう。これはいささかヤバイのではないか。

これが私の考えだった。

社会民主主義の出番だとは思わない。しかし、資本主義の暴走に歯止めがなくなる。どうすればよいのか?