アメリカは今、中国を相手に「COCOMの再現」を狙っている

目的は、中国製造2025の阻止にあり
河東 哲夫 プロフィール

冷戦期、対共産圏輸出統制の再来

かつて冷戦時代、ソ連が米国に追いすがらんとするのを技術面で蹴落とすため、米国は共産圏諸国への先端技術の輸出を規制した。

ソ連向けには通称ココム(COCOM、対共産圏輸出統制委員会)、中国向けにはチンコム(CHINCOM)という国際合意を作り、100品目以上の軍事技術関連物資で、特定の性能を越えるものの、輸出を禁止したのである。

これは先進国間の紳士協定で、各国は制限品目をその性能とともに自国の法律(日本では輸出管理令の別表)に明記し、これを越えるものを企業が輸出する場合には、各国政府の許可取得を義務付けたのである。

因みに、この対象品目、制限性能は、状況の変化に応じて定期的に改定されていた。

 

1982年、東芝機械が制限を越える性能の工作機械をソ連に輸出。それによってソ連の潜水艦のスクリュー研磨精度が顕著に上昇し、雑音が生じなくなったことで探索が難しくなったとして、米議会を初め全米で、すさまじい東芝機械たたきが起きた。

この件は、ソ連の潜水艦は東芝機械の輸出以前から静かになっていたことが判明して「静か」になったのだが、ココム違反に対する米国の目が、いかに厳しいかを、日本に思い知らせた。

このココムという仕組みは、ソ連経済の足を大きく引っ張ったのである。

当時でもソ連のジェット機のエンジンには耐久性、出力に難があった。それはタービンの羽根の金属研磨技術が劣っていたからである。技術的優位を確保するため、当時、西側は、ビデオ・コーダーのヘッド研磨技術の輸出さえ制限していたのである。

もっと効いたのは、コンピューターとその技術の輸出制限で、これによってソ連のコンピューター、半導体技術は大きく後れ工業製品、薬品等の開発でソ連のハンディを決定づけた。当時、「ソ連の半導体は世界一大きい」とうジョークがあったほどだ。