拉致問題、北への「伝言」をトランプに頼んだのは大失敗だった可能性

日朝首脳会談でカバーするしかない
佐藤 優 プロフィール

トランプがキレだす可能性

佐藤:そこは、外交的には少し問題の立て方が違ってくると思います。

2002年9月17日に、北朝鮮側が被害者のリストを出してきた。金正日政権の時代です。そこで「死亡」とされている人がいた。しかし、死亡の理由が全部同じで、こんなリストはまったく説得力がないということで、日本側としては到底受け入れられる内容ではない、と再調査を要求したわけです。

その時北朝鮮が再調査に応じたということは、要するに、その紙に書いてある内容は事実と異なる可能性があるという意味です。これが日本政府の理解です。

日本政府としては、おそらく民主党政権の時代から北朝鮮との折衝はしていますが、安倍政権になっても、北朝鮮としてはこういう回答ですよ、ということを何度も日本側に打診していると思うんです。そして日本側は、到底受け入れられない、と拒絶していると思うんですよ。

ですから、北朝鮮が「真実を全部明らかにする」と言い、かつそれを日本側が信頼できるような回答でない限り、日本は受け取らない。ですから、仮に考えうる中で「最悪の回答」を北朝鮮が出してきたとしても、日本側はそれを受け取らないで、「もっときちんと調べろ。お前らが言っていることは信用できない」という話になるんです。

しかしそうすると、ここで面倒なのは、トランプ大統領を噛ませたことなんです。

 

邦丸:今回、トランプさんが仲介したわけですね。

佐藤:トランプさんが拉致問題に関して話をした。そこで金正恩が「私のほうから日本に何度も打診しているんだけど、日本側がなかなか答えを受け取ってくれないので、トランプさん、あなたから安倍さんに渡してくれませんか。これがその回答です」と紙を渡されたら、どうしますか。そこに書かれているのが、日本としては到底受け入れられない内容だったら。

邦丸:うーむ。

佐藤:北朝鮮と日本が直接話していれば、「受け入れられない。お前、もっと調べてこい」と押し返すことができますよね。2国間でやっていれば。

しかし、アメリカがその回答を受け取って、トランプが「オレはさ、金正恩と十分な信頼関係ができているし、あいつがウソをついているとは思えないんだけどな。シンゾー、金正恩がこういう答えをくれたよ」と持ってきたら、どうなりますか?

日本が「拒絶する」と答えたら、「いやトランプさん、あなたは金正恩に騙されていますよ」と言うことになる。そうすると、「お前は、アメリカ合衆国大統領がそう軽々に騙される人間だと思っているのか!」という話になるでしょう。ですから、日本は北朝鮮の回答を受け取らざるを得なくなる。

だから今、日本政府は慌てて日朝首脳会談に切り替えようとしているんです。トランプと金正恩の関係がうまくいっちゃったから、このままだと、拉致問題に関してアメリカを経由して答えが来てしまうかもしれない。それは避けたい。

拉致問題は、あくまでも2国間問題として処理しないと、北朝鮮が真実を語っているかどうかわからないし、虚偽の回答を渡されて翻弄されてはかなわない、というのが日本政府の立場です。だから通常の場合、「最悪の状態」であるという回答が北朝鮮から来ても、日本政府は受け取らないんです。

邦丸:皮肉なのは、われわれが知る限りでは、今回の米朝首脳会談の前に安倍さんはアメリカまで行ってトランプさんと会い、電話での連絡もしています。「必ず、拉致被害者のことを議題に出してくれ」とお願いしたわけですね。そしてひょっとすると、シンガポールでトランプさんが言ったかもしれないし、あるいはポンペオさんが言ったのかもしれませんが、アメリカは「何回も議題に上げたよ」と言っている。しかし、そのこと自体が、逆に日本政府の首を絞めてしまっている。

佐藤:そういうことになります。外交としては2国間交渉でやるべき問題を国際化したことによって、逆に日本は窮地に立たされてしまったので、だから必死で日朝首脳会談をやろうとしているんです。