これを機会に今度こそ、真剣に考えるべきでないか。
サッカー日本代表の監督人事である。
ロシアW杯に出場中の日本代表は、コロンビアとのグループリーグ初戦で2対1の勝利をつかんだ。相手が前半早々に退場者を出したとはいえ、前回大会8強の強豪を打ち破ったのである。
アフリカのタレント集団セネガルとの第2戦でも、2対2の撃ち合いで勝点1を上積みした。
ポーランドとの第3戦を引き分け以上で終えれば、2大会ぶりのベスト16進出が決まる。誰も予想できなかったV字回復を、西野朗監督のもとで成し遂げている。
時計の針を開幕前へ巻き戻すと、日本の評価は底値を打っていた。今年4月にヴァイッド・ハリルホジッチ監督(当時)を電撃解任し、西野監督が急きょチームを率いることになったものの、大会直前のテストマッチでガーナ、スイスに完敗していたからである。
前監督が重用した20代前半の若手選手がメンバーから外れ、経験豊富なベテランがほぼ漏れなく選ばれたことも、西野監督への風当たりを強めた。
それがどうだろう。
ほとんどぶっつけ本番でもW杯で結果を残せたのは、日本人監督だからに他ならない。選手とのコミュニケーションに通訳を必要とし、何をするのにも時間のかかる外国人監督では──とりわけチーム作りの初期段階は、あらゆる意味で時間がかかる──ここまで短期間での立て直しは不可能だったはずだ。
史上初の外国人監督として1992年に就任したハンス・オフト(オランダ)を起点に、日本代表を率いた外国人は8人いる。その選考には、ふたつの条件があった。
ひとつは日本サッカーに馴染みのあることだ。
オフトは1993年のJリーグ開幕以前から、日本で指導をしていた。2006年のドイツW杯で采配をふるったジーコも、1991年に鹿島アントラーズの前身の住友金属に選手として来日した。Jリーグ開幕も選手として迎え、引退後は鹿島のスタッフに名を連ねていった。
ジーコの後任に指名されたイビチャ・オシムも、2006年夏の就任直前までJリーグのジェフ千葉を指揮していた。2003年の来日から4年を数え、日本サッカーへの理解を深めていた。
オシムにはもうひとつ、日本サッカー協会が評価した経歴がある。W杯で采配をふるった経験があるのだ。これがふたつ目の条件である。