「新幹線殺傷」「秋葉原通り魔」「ブロガー刺殺」3つの事件の共通点

人を刺さないための「読解力」とは…
伊藤 氏貴 プロフィール

このつぶやきたちは二人の人間から漏れたものである。1と2、3と4……と奇数番―偶数番とでペアになるよう、内容が似通ったものを集めてきた。

17で気づかれた方も多いと思うが、これは太宰治のものとされる有名なことばである。奇数番は皆、彼の作品のあちこちから引っ張って来たものだ。ちょうど70年前の6月に、女性と一緒に入水するという不穏な死を遂げたが、ただしこれは合意の上の心中であり、理不尽なテロリズムとは異なる。

一方、偶数番は、無差別殺人者のことばである。ちょうど10年前の6月に、秋葉原で大量殺傷事件を起こした犯人が、事件までの間に掲示板に書き込んだとされることばから拾ってきた。

もちろん、片や小説からの引用で、片や自身を吐露する掲示板からという差はあるが、それでも両者の間の思考にかなり相通ずるものがあるのは明らかだろう。となると問題は、なぜ片方は「刺す」と言いつつ刺さなかったのに対し(これは自作を芥川賞で落とした川端康成に向けたものだった)、「死ねよ」と言った方はほんとうに大勢の人を無差別に殺めるに至ったのか、ということである。

 

つぶやく者の気持ちを読む

17、18からわかるとおり、両者ともに、非常に自己否定的である。(ただし、17は実のところ太宰自身が考えたことばでなく、9にあるような一つの剽窃だったのだが、太宰の精神を表わすものとして、自他ともに認めるところであったということは言える)。しかし、その否定が、偶数番の方は自殺でなく、他殺へと向かった。

両者ともに1、2のようなコミュニケーション不全の状態にあり、3、4のような醜貌恐怖に囚われ、7、8のような孤独感に苛まれていた。5、6のように、一度でもモテていたという記憶があればなおさら孤独は深まっただろう。

しかし、二人とも、孤高を貫く、あるいは孤独を愛するタイプではなかった。人一倍、他人に好かれたいと思うタイプだった。だからこそ、剽窃してでも賞をとり、また演技することで他人の気を惹こうとした。

どちらも子どもの頃の成績はよかった。太宰と犯人とは奇しくも同郷にして同窓(旧制青森中学―青森高校)だが、それはまったくの偶然としても、県内随一の学校で、つまりは一つの正解のある問に答える能力は高かったということになる。

しかし、そこまでの道のりで、親のスパルタ教育が力を及ぼしていたところも大きく、犯人は14で親への殺意を露わにしている。太宰もまた、諸々の理由で15にあるような親への嫌悪を示す。

しかし、ここから二人の人生が分かれるのは、11、12にあるような演技の種類の差にあったように思われる。太宰は「道化」という他人より下の役、犯人は「いい人」という他人より上の役柄を選択した。

『人間失格』などを読めばわかるとおり、太宰はあえて剽軽なこと、みっともないことをして周囲を笑わせようとした。少なくともそうしている間は孤独を解消できているように思えた。

一方、犯人は「いい人」を演じようとする。成績において優等生で、人格的にも「いい人」。これは誰にとっても維持するのが難しい「像」だろう。非常な努力が必要とされるが、しかも、「いい人」が実はそうではなかった、ということが露見したときの周囲の反応はいつでも非常に厳しい。秋葉原の犯人の場合は、いったん綻びが出てからは、積極的に自分自身で破壊しようとしたように見える。

そもそも犯人は選択を誤った。成績もよく人格的に優れた人間など、仰ぎ見られることはあっても、なかなか近寄りがたい人物だ。むしろ警戒さえされるかもしれない。孤独やコミュニケーション不全を解消するには向かない。しかも、ちょっと気を抜けばそこから転落し、今度はひどい蔑みのまなざしを向けられる。

太宰のように、成績はよいが、剽軽な人間、という方がよほどバランスのとれた、親しみやすい人物だろう。とにかくあらゆる面で尊敬されたい、という自身の無理な欲望を優先させた選択をするという時点で、犯人は他人の心を読めない人物だったと言うことができる。他者から注目されたいという願いを人一倍抱きながらも、他者がどう考えるか、という想像力の働かない人間だった。