地球のみなさん、こんにちは。毎度おなじみ、ブルーバックスのシンボルキャラクターです。今日も "サイエンス365days" のコーナーをお届けします。
"サイエンス365days" は、あの科学者が生まれた、あの現象が発見された、など科学に関する歴史的な出来事を紹介するコーナーです。
ドイツの物理学者ヘルムホルツ(Hermann Ludwig Ferdinand von Helmholtz, 1821-1894)が、ベルリンの物理学会で「力の保存について」と題された論文を発表。エネルギーが物体から物体へ移動し、形態が変わっても、その総量は変化しないという「エネルギー保存則」を初めて示しました。
この考え方は、のちに熱力学の第1法則へと発展し、他の科学分野にも拡張され、あらゆる自然現象を支配する根本法則のひとつとして認識されるようになっていきます。
しかし、この絶対的な法則と思われた「エネルギー保存則」にも危機が訪れます。19世紀末、放射線が発見されたときです。
なにも変化していないように見える原子から、エネルギーをもった放射線が絶えず飛び出し続けることは、科学者たちを大いに驚かせ困惑させました。「原子量子論の父」とまで言われるニールス・ボーア(Niels Henrik David Bohr、1885-1962)もエネルギー保存則に否定的になりそうだったということです。
しかし、ヴォルフガング・エルンスト・パウリ(Wolfgang Ernst Pauli、1900-1958)が、「エネルギー保存則」を前提に計算すると、放射線とともに電気的に中性で、質量が無いか極めて小さい粒子がともに放出される、という考えを示しめしました。
この微粒子の存在は長らく不明でしたが、1956年中性子(ニュートリノ)の存在が確認されることで、「エネルギー保存則」の問題も決着を見ることになったのです。
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