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この10年で日本の「子どもの貧困」を取り巻く状況はこう変わった

若者たちの声に応える時がきている

「子どもの貧困」再発見から10年

2008年は、「子どもの貧困・再発見」の年と呼ばれることがある。

拙著『子どもの最貧国・日本』をはじめ、数冊の子どもの貧困に関する書籍が、この年偶然同時期に発表されたこともあって、新聞やテレビなどマスコミがこの問題に注目を始めた。

一方、今から振り返って見れば、社会的に刮目を浴びた理由のひとつには、当時の日本社会において「子ども」と「貧困」というふたつの言葉が、どうしても合致しないという思いが多くの人の中にはあり、ちょっとした驚きがあったからではないだろうか。

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日本は、先進国であり、教育制度は整備され、保育所はあり、医療は皆保険であり、子どもがいれば児童手当も利用できる。

2000年代半ばにはワーキングプアや格差の問題がクローズアップされても、せめて子どもには優しい社会であるはずだという、(もしかしたら根拠はあまりなかったかもしれない)認識があったからではないか。

しかし、現実は7人にひとりの子どもが貧困であり、ひとり親世帯ではその数値は半分に及び先進国で最も高いことがOECDの数値を基にエビデンスとして提示された。

ただ、この数値がOECDのものであり、政府の公式発表のものではなかったことも今から見ると不思議なことだ。

 

先述のように2008年にこの問題が関心を集めても、当初政府の反応は鈍かったのである(後述するが、現在はその姿勢は異なる)。

すでに多くの人の記憶から落ちてしまっているように思えるのだが、公的な貧困率の発表すら政府は必要がないとして拒否していた。貧困率を政府が発表をするのは、2009年の政権交代後のことである。

2008年当時の政府は、貧困率そのものを否定しようとやっきだった。

現代の日本には格差は存在するが貧困は存在しないとか、貧困率だけで議論するのはいかがなものかとか(昨年貧困率の改善が発表されると、首相は自分の成果だと強調したのだが)、貧困率には資産の面が反映されていないとか(反映した指標を作るともっと厳しい子ども間の不平等が目立つのだが)。