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ひと晩に5回することも…小林一茶は日本史に残る性豪だった

妻の早世はそのせいか…!?

一茶、50にしてたつ

「やせ蛙負けるな一茶これにあり」

この句を詠んだ小林一茶(1763~1828)といえば、松尾芭蕉と並び称される俳人だ。

一茶の句には、庶民の「生」に対して素朴な眼差しを向けて詠んだものが多く、ゆえに枯れたイメージの強い人物だが、意外や意外、「性」に対する執着は人一倍だったことをご存知だろうか。

 

実は、一茶が初めての妻であるお菊(当時28歳)と結婚したのは52歳のとき。若妻を迎えられたことが相当うれしかったのだろう、一茶は妻との性生活を長年にわたってつぶさに記録した「セックス・ダイアリー」を残している。その一部を紐解いてみよう。

1816年8月15日の記録には〈婦夫月見 三交〉とある。これは、「夫婦で月見をしたあとに3回セックスした」ということ。50代半ばにして一晩で3回も交わっていた一茶の絶倫ぶりには驚くが、これはほんの序の口に過ぎない。

翌日以降の記載を見てみると17日〈墓詣 夜三交〉(墓参りの後に3回セックス)、18日〈夜三交〉、20日〈三交〉、21日〈隣旦飯 四交〉(隣家の仏壇でお参りして朝飯を馳走になった後に4回セックス)……と、毎日呆れるほどのペースで励んでいたことがわかるのだ。