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入院前に父が書いていた日記と、そこに登場した「腹違いの兄」

現役証券マン・家族をさがす旅【22】

78歳で倒れ、入院した父。息子で40代の「ぼく」は、ぶっきらぼうで家族を顧みない父にずっと反発を覚えていたが、父に前妻がいたこと、そして自分の腹違いの兄が存在することを聞かされて以来、家族の過去を調べるようになっていた。

10年前に「ぼく」の母と離婚する前、父は実家の敷地内にあるプレハブに住み、母とは別居していた。当時、父が書き留めていたメモには、「ぼく」が探している腹違いの兄のことも記されていたーー。

現役証券マンで作家の町田哲也氏が、実体験をもとに描くノンフィクション・ノベル『家族をさがす旅』。

「生活設計」を記したメモ

母と別居していたときに住んでいたプレハブの部屋に、父がメモ帳を残していたことがわかったのは、メディカルセンターに入院してしばらくしてのことだった。病院に持っていく荷物を整理していると、缶のケースが目に止まった。

メモ帳はそれぞれ、2005年、2010年から11年、2014年のものだった。日々の簡単な記録や知人の連絡先、さまざまな会員番号やパスワードなどが記されており、その頃の生活をつかむことができる。

2005年はぼくが結婚した歳だ。9月23日に結婚式を挙げたのだが、式の翌週にぼくが盲腸で入院し、横浜の病院に見舞いに行ったことが記録されている。会社で部署が替わった直後にあたり、仕事が忙しかったうえに式の準備でストレスがたまっていたのが原因だった。

 

この頃の記述で目を引くのが、母と別居後の生活設計についてだ。2003年に父はパン屋を辞め、株式の売買をするだけの生活に移っていた。

新しい生活をはじめるにあたって、頼れるのは金しかなかったのだろう。何にどれだけの金を使ったかという記述が多い。

その頃からパンの製造工場を改造し、プレハブ小屋に一人で暮らしはじめていた。パンを作る機械はすべて母の勤める学校の関係者に譲り、風呂やトイレを増設していた。

2007年に、二人は正式に離婚。翌年には父が完全に家を出て、群馬県に一人暮らしをするようになる。手帳には、財産分割の申し合わせが記されていた。

2010年から11年は群馬県で一人暮らしをしていた時期で、保有する株式についての記述が多い。例えば1月のある日は、日経新聞で半導体各社の業績回復が報道され、大手各社の株価の動きが記されている。

父の関心は前四半期に過去最高の営業利益を更新したいくつかの企業にあったようだが、材料出尽くし感からか翌日の株価は下落している。

翌日には「買い中止」と書かれ、午後3時には歯科に行って抜歯をしている。その後数日間に渡って歯科に通っていることからすると、マーケットどころではなかったのかもしれない。

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さらに数日後には、「A君と久しぶりに飲みに行く」という記述が見られる。食事の内容などが書かれ、独身生活を楽しんでいるようにも思える。

2011年の震災は、父の生活にも大きな影響を与えたようだ。株価が低迷したため、マーケットに関する記述は簡素だ。この頃、父の生活を心配したのか、母がときどき差し入れをしていたことはぼくも知らされていた。

意外なのは母が父との連絡を絶とうとしないことだった。顔を見るのも嫌なはずなのに、怒鳴られてまで差し入れをするのはただの情だろうか。

父が骨折して入院したのは、この頃のことだ。飲みに行った帰りに、坂道で転倒したという。母に誘われて、ぼくも見舞いに行ったのを憶えている。

病室で、父は珍しく自信なさげな表情をしていた。もう酒は飲まないという。退院するとすぐに約束は破られるのだが、自分の身体に老いを意識したのかもしれない。父が72歳のときのことだった。

見舞いの後、母と姉と三人で父が住むアパートにも行った。駅から離れた古いアパートの1階だった。父らしく、余計なものは置いていない。テーブルにはパソコンが置かれ、席からテレビが見えるようになっている。

洋服は数えられる程度がタンスにしまわれており、洗面所にも最低限の用具しか置かれていない。冷蔵庫のなかにはほとんど食料がなく、その隣に日本酒や焼酎が大事そうに並べられていた。

2014年は体調に気を遣っていたからか、健康や病院関連の記述が多い。目を引くのが、食事制限についてだ。一日のエネルギー摂取量から、タンパク質、カリウムの摂取量まで最適な量が記され、食事に気を遣っている様子がうかがえる。

2015年にO市に移った頃の父は、腎臓病を抱えて食事をコントロールしていた。タンパク質を抑えた食事に切り替え、食材は特別にオーダーしていたくらいだ。これが結果的に後の貧血につながることになるのだが、年齢を重ねるにしたがい健康に気を遣う様子がうかがえる。

3冊のメモ帳を眺めていて一番興味深かったのは、父が活発に動いていた2010年のものだ。先ほどの部分には、以下のような内容が続く。

〇月△日

株価下落、下の差し歯が痛い。

〇月△日

テレビを見て過ごす。

〇月△日

O氏より電話あり。株価下落、購入中止。寒い。雨。

〇月△日

米5キロ、かんてん40グラム、スーパーで買う。

午前8時半 布団を干す。

午後2時 サイクリング出発。

午後4時 帰宅。ほうれん草、鮭2切れ、焼きそばを買う。30キロ以上走り、疲れた。

午後4時半 焼酎を飲む。NHKで社会人ラグビーを見る。

午後5時半 テレビの報道番組を見る。焼酎を飲み過ぎた。身体の調子は良い。

〇月△日

午前11時半 A氏より電話あり

〇月△日

昼頃 頼子来る(※筆者注:母のこと)。トマトジュース、水、電子レンジもらう。

〇月△日

薬局に薬を5種類取りに行く。

〇月△日

谷川君来る。頼子に電話、メール。

〇月△日

米国ダウ上昇、ナスダック上昇。

〇月△日

ジョギングする。

〇月△日

寒い。雨。トモにメール(※筆者注:次男智弘のこと)。

〇月△日

午前11時  ジョギング。

午後3時  自転車。株価上昇、2日間で400円以上。米国ダウ下落、ナスダック上昇。

〇月△日

株価やや下落。

午後3時  飲む。カニがうまい。寒いのですぐ寝る。

〇月△日

雪。スーパーで、てんぷらを4切れ買う。

〇月△日

午後1時  風呂に入る。

〇月△日

株価上昇。

〇月△日

ジョギング。

〇月△日

サイクリング(1時間ほど)

〇月△日

株価上昇、米国ダウ上昇、ナスダック下落。

〇月△日

ジョギング30分。株価上昇。最近胃の調子が良い。

(後略)

 
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