大阪北部地震「ブロック塀倒壊」で問われるべき「もう一つの責任」

児童生徒の視点を忘れていなかったか
大前 治 プロフィール

たとえば2014年6月27日に文部科学省初等中等教育局長が発した通達は、「職員会議は校長の補助機関であり、校長が主宰する」という趣旨を徹底するよう全国の教育委員会へ指示している。議題は校長が決め、校長が進行するものとされ、原則として自由な発言は許されない。

校長中心型の学校運営と、上位下達型の職員会議。その弊害として、創意工夫や教師間連携の低下などが指摘されてきた。それだけではなく、こうした統制構造は児童生徒の安全確保にも支障を生じているのではないだろうか。

教師が余裕をもって子どもたち一人ひとりと日常コミュニケーションをとる。そこから得られた情報を教師が共有して学校運営に反映される。そうした体制が、学校の安全確保の基礎とされるべきである。

 

「建築の専門家ではないから」という弁明はできない

これまでの報道で、建築基準法違反のブロック塀であったことや、3年前に危険性の指摘を受けたが十分な安全確認がされなかったことは報じられてきた。それらが重要な事実であることは間違いない。

その一方で、教育に携わる教師や保護者など一人ひとりがどうするべきであったかは、十分な議論が進んでおらず、こうした視点の報道もほとんどみられない。

今回のブロック塀倒壊に関しては、学校・教育の関係者が「私たちは建築の専門家ではないから何もできなかった」という弁明をすることは許されない。

上述のとおり教育関係者として児童生徒の安全を守るための義務が法律に明記されているからである。

あらためて、学校保健安全法が明記した「教育現場が果たすべき責任」を見つめ直し、文部科学省の2016年指針が「児童生徒等の意見・視点」を重視したことに立ち返り、学校の安全対策を練り直すべきである。

今回の悲劇を、高槻市に法的責任を負わせるだけで解決させてはいけない。