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人はいつから、相手を疑いながらモノを喋るようになったのか

言葉の自己矛盾をときほぐす

今も嘘をついている

「ユリイカ」1975年1月号の武満徹特集に、谷川俊太郎が「武満徹への33の質問」という文章を寄せている。74年3月9日、東京渋谷ジァンジァンで行われた武満徹との対話に基く。

前言に

「〈33の質問〉は、私がジァンジァンで対話シリーズなるものを始めてから発想した一種の作品で、同人誌shellbackⅡ号に掲載されたものには、次のような前文がついている。〈もし上気嫌だったら、以下の質問の全部又は一部に答えてくれますか? あなたの答を俟って、初めてこの作品は成立します〉」

とある。

 

私は当時「ユリイカ」の編集をしていた。対話の余白の随所に、スタンプでも押したようにいくつも挿入されている図案ふうの武満の似顔絵も、じつは私が描いたのである。

小さくmaという署名がある。当時の「ユリイカ」ではそういうイタズラをよくやった。

さすがに懐かしいが、それ以上に感慨を覚えたのは、前言を書き写しながら、ああ、谷川さんはこういうかたちで自分なりに連句、連詩の試みを展開しようとしていたんだ、と気づかされたからである。

現代詩の世界に芭蕉の歌仙の富を生かそうとしたのは大岡信である。それに応えて連詩を巻こうと提案したのが谷川だ。

同人誌「櫂」がその場になり、作品は『櫂・連詩』として刊行されてもいるのだが、「谷川俊太郎の33の質問」シリーズもその一環であるとは、いまのいままで気づかなかった。

近刊の『孤独の発明 または言語の政治学』を書き終えてはじめて気づいたのである。

『孤独の発明 または言語の政治学』では、大岡にとっての連句、連詩の意味を探究しようとしている。谷川の真意を汲むに半世紀近くを費やしたことになる。

「武満徹への33の質問」に触れたのは、しかし、谷川の第22番の問いに対する武満の答えが長く忘れられなかったからである。たぶん私も客席にいたのだろう。武満の表情まで覚えている。

谷川 22あなたが一番犯しやすそうな罪は?

武満 うそをつくことかな。

谷川 うそをつくこと? 今もうそをついているわけ。(笑)

私は、そのとき、ああ、武満さんも、あ、また、嘘ついちゃったと思うことが多い人なんだと、咄嗟に感じた。そして、言葉というもの、言語というものに、きわめて敏感な人だと思った。

言葉は、基本的に、嘘なのである。言語の特性といっていいほどだ。説明も解釈も嘘の始まり。真実はその後に現われる。自分を正直だと思っている人間はたいてい言語に鈍感なだけだ。