外科医のヘンな職業病~焼き肉屋で闘志を燃やしてしまう理由とは

覆面ドクターのないしょ話 第21話
佐々木 次郎 プロフィール

淡雪のようにチーズを削りたい!

さて場所は変わって、ここは東京・人形町にあるイタリアン・レストラン「グスタヴォ人形町店」。生ハムとワインが有名な店だ。

あるときからメニューに「ロディジャーノチーズのラスパドゥーラ」が加わった。どんなものだろう? 店長の田嶋さんに訊いてみた。


 

「ロディジャーノチーズは北イタリア産の硬いチーズです。ロンバルディア州の都ミラノから4km南にあるロディという小さな町で作られています。熟成期間は6ヵ月で、ミルキーで芳醇な香りが特徴です。この硬いチーズを薄く削ったものを召し上がっていただきます。引っ掻くことをラスパドゥーラと言います。私どもは単にラスパなどと言っておりますが……」


「ラスパ?」


私の肉体に潜む本能がムクムクと無意識に反応した。

「今、チーズの名前、何と言いましたか?」
「ロディジャーノチーズです」
「そ、そうじゃなくて、ラスパとか何とか?」
「ロディジャーノチーズのラスパドゥーラです」

私は叫んだ。


「それです! そのラスパくださいっ!」

台車に置かれた石臼のような大きなチーズを店長さんが運んできた。チーズの湿度を保つため、真っ白な布巾をかぶせてある。

ロディジャーノは、パルミジャーノ・レッジャーノの原点と言われるチーズ(photo by istock)

「お待たせしました」

いざ、オープン! チーズの直径は約40 cm、厚さが約10 cmもある。かなり大きい。店長さんは外科医のように白い手袋をはめると、6×35 cmの黒光りした板状の刃を取り出した。この刃に一定の角度をつけてチーズを極薄に削り取る。削り始めると、濃厚なチーズの香りが漂う。幅広のかつお節のように次々と削り上げていく。匠の職人が鉋(かんな)で削ったようだ。厚さ何ミクロンなのだろうか? 削られた極薄のチーズが淡雪のように積もっていく。

「力を入れ過ぎると、刃がチーズにめり込んで、厚いチーズ片になってしまい、ふんわりとした盛り付けができません。刃を立て過ぎると今度はエンピツの削りかすのようにボソボソになってしまいます」

高度な職人技なのだなぁ。

「チーズって生きてるんです。特に湿度の影響を受けます。ある日は何も考えなくても薄く削れるのに、別の日には刃に加える力を加減しないと美しく削れないこともあります。日々勉強です」
「今日のチーズの状態はどうですか?」
「しっとりしていて、美しく削れます。今日は『いい子ちゃん』です」

透明な器にこんもり・ふんわりと盛られたロディジャーノチーズのラスパドゥーラ。その一つ一つが透けるほどに美しい。

「赤ワインなら何が合いますか?」
「エミリアロマーナ州のメルローは相性が抜群です」

食べてみると、舌の上でまろやかに溶けて、クリーミーな香りが口の中いっぱいに広がる。メルローとの相性も素晴らしい。サラダにのせると彩が華やかになって、インスタ映えしそうだ。

ふと何か心の奥で、蛍の光ほどの微かな炎が燃え上がるのを感じる。


「骨付きカルビの骨膜剥離はマスターした……」


赤ワインのグラスに人形町の灯火が映る。


「ロディジャーノチーズのラスパドゥーラ……ラスパ……俺にもできるだろうか?」