外科医のヘンな職業病~焼き肉屋で闘志を燃やしてしまう理由とは

覆面ドクターのないしょ話 第21話
佐々木 次郎 プロフィール

「ラスパ、ください!」

骨付きカルビの話に戻ろう。

日常診療で、骨折の手術の際に、私たちは骨膜を操作する。骨膜を剥かないと骨折部は出てこない。ちょうどチーカマのビニール膜を剥かないと、チーカマ本体が食べられないように。

 

ではその骨膜を外科医はどのように剥がすのか?


「ラスパ、ください!」

手術のとき、看護師さんにそう告げる。骨膜はラスパトリウムまたはエレバトリウムという器械を用いて剥離していく。略してラスパ(またはエレバ)。

ラスパは工具のノミのような形、エレバは柄の太い薬匙(やくさじ)のような形をした器具だ。器械を押しながらピールする感じ。特に大腿骨などの大きな骨の骨膜は剥がし甲斐がある。「ムキムキムキ」という音と共に剥がれて爽快で気持ちいい。

整形外科の女医さんなどは豪快に剥離する。だからサロンで「アイツ、男みたい」などといつも噂されてしまう。

私は、骨付きカルビの骨膜を上手に剥がしたくて、再度、東京・麻布の焼肉店を訪れた。他には目もくれず、骨付きカルビを注文した。

早速、骨膜剥離に挑戦! うーん、なかなか上手く剥がれない。途中で切れたり破れてしまう。これじゃダメだ。私は美しく芸術的に剥がしたいのだ。隣でスタッフの心ない囁きが聞こえる。


「次郎先生ってブッキーなんだね。外科医なのに」


外科医ならば、不器用とだけは言われたくないだろう(photo by istock)

どうしたんだ、佐々木次郎! 小娘たちにそんなこと言われて悔しくないのか! ハサミなんか使ってるからダメなんじゃないのか? あれを使え! そして「俺はスゴいんだぞ」ってところを見せてやれ!

「す、すいません、ラスパください!」


店員さんに向かって、いつもの癖で思わず叫んでしまった。だが、ラスパがここに置いてあるはずがない。

「教えてください! 美しく骨膜を剥がす技を!」


店員さんが快くテクニックを指導してくれた。

「まずハサミの刃先をしっかり骨に当てます」


「な、何ですって!?」


驚いた。手術でラスパの技を初めて師匠に指導されたとき、同じようなことを言われたからだ。そうか、手術も焼肉も同じなんだ!

「それから一番手前の骨膜の端を少し剥がします。剥がれたところから刃を骨に平行に滑らせて『すーっ』っと」
「こ、こうですか?」
「もっと力を抜いて」
「剥がれません! エイヤーッ!」
「お客さん、力じゃないんです。正しくハサミを使えば自然に『剥がれる』ものなんです」
「自然に『剥がれる』ですって?」

うーむ、コツが上手くつかめない。

「次郎ちゃん、ダメじゃん。外科医なのに」

小娘たちめ! 美味い霜降り肉ばかり食いおって……なぜ俺の肉は残っていないんだ? そもそも、いつから「次郎ちゃん」なんて愛称で呼ばれてるんだ?

その日から、私の骨膜剥離の修業が始まった。麻布に行けない日は、東京・浅草の焼肉店「と〇屋」へ出向き、骨膜剥離にいそしんだ。

試行錯誤の中、気付いたことがあった。それは「脇を閉める」ということだった。脇を閉めると手先がぶれない。刃先が上下せず骨に平行に滑らかにすべる。これだ!

そして麻布の店で卒業試験。どうだ!

「いいでしょう。合格です!」

やったーっ! 骨付きカルビの骨膜剥離をマスターしたぞ!