ビール飲みたいッ!訪れた異国の店で起きた「トンデモ・珍事件」

それでも私は我慢できない
藤本 ひとみ

そう考えてホテルの外にさ迷い出たものの、自販機はなく、ビールを飲みたい一心でしばらく歩いてビストロを見つける。喜び勇んでドアを開けたとたん、後悔した。狭い店内には、地元の常連らしい客ばかり。

好奇の視線を集め、あせったもののカウンターの向こうにいる亭主と目が合ってしまっては帰るに帰れない。着席し、ピルスナー系のステラアルトワを注文する。

亭主はもちろん店中の客が、信じられないという表情でざわついた。この地でビールを頼むのは、殴りこみに等しいのだと悟る。もう早く帰りたかったが、どうせ帰るならビールを飲んでからだと自分をなだめる。

やがてステラアルトワの瓶とコップが出され、その脇にトンと置かれる大きなワイングラス。亭主が言うには、「サービスだ、飲みな」

店中の客の注視の中、一刻も早くビールを飲みたい一心で、素早くワインを飲み干した。その速さが不愉快だったらしく亭主は渋い顔。

 

すると客の一人が自分のグラスと瓶を持ったまま私の隣りに来て、飲み方の講義を開始。「もう一杯いけ、ただし自分で払え」。

ワインを一気飲みするアジア人は格好の肴だったようで、目の前にビールがあるのになかなか飲ませてもらえない。だが、どうしてもビールを飲みたくて帰れない。

思い出してみれば、ビールのせいで今まで何度もひどい目に遭ってきた。それなのになんで手を切れないのだろう。などと考えながら杯を重ね、意識が飛ぶ寸前でようやくたどりついたビールの味は、よく覚えていない。

拙著『失楽園のイヴ』の中にも、我慢できない男は複数出てくる。どうしてなのか。

そして自分がビールを我慢できないのはなぜなのか。謎というよりない。

読書人の雑誌「本」2018年7月号より