講談社の祖・野間清治が「人生の行き先」を見出した瞬間

大衆は神である⑦
魚住 昭 プロフィール

「我々の魂を宙に飛ばしてしまった」

そんなとき、目立ちたがりの清治は必ず演説をした。森は清治の演説をほめ、「将来、政治家によかろう」と言った。その一言が彼の演説熱に火をつけた。

先回りして言うと、清治の演説熱はそれから衰えることなく、20年後に、講談社(当時は大日本雄弁会)の第1号雑誌『雄弁』として実を結ぶことになる。

担任の森は清治の魂にもうひとつの種子もまいた。森は唱歌の時間、生徒たちが歌うのを嫌がると「ちゃんと歌えば、あとの半分はお話をしてあげる」といって八犬伝の話をした。

 

八犬伝は江戸の読本作家・曲亭(滝沢)馬琴が30年近くかけて完成させた大長編で、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある玉をそれぞれ一つずつ持った若者8人が活躍する勧善懲悪の物語である。

清治は森の話を聞いて八犬伝の魅力の虜になった。そうして芽生えた講談への興味が、講談社の第2号雑誌『講談倶楽部』へとつながっていくのだから教師の影響力は測り知れない。

以下も、清治の口述録からの引用である。

〈(担任の)森先生に八犬伝の話を聞いたのに端を発して、八犬伝という本は面白いというので近所で借りて、(高等小学校)卒業後、それを読んで、妹や、妹の友だち、近所の少年に話をする。そうするとそれらの者がまた翌日、来て、読んで話をしてくれと言う。また読んですぐ話をする。十ページ、十五ページ読んで本を置き、すぐそれの話ができたというのは、今考えてみると不思議なくらいです。

そのなかの面白い文句をほかの帳面になど書いて覚えて、それですっかり八犬伝をおえてしまった。八犬伝を読んでは話をし、面白い文句を書きぬいたということは私のためにどれくらいためになったかわからない〉

後年、清治の演ずる八犬伝は、プロの講談師顔負けの迫力があった。講談社の少年社員だった笛木悌治(ふえきていじ)の『私の見た野間清治 講談社創始者・その人と語録』(富士見書房刊)によると、ある晩、3人か4人の少年と少女を前に、清治は十八番の八犬伝を夜遅くまで聞かせた。

笛木は清治の座談の上手な事や演説のうまい事は前から知っていたが、講談がこれほど上手とは知らなかったので驚嘆した。「犬飼現八(いぬかいげんぱち)、庚申山(こうしんやま)の猫退治」のくだりになると、清治の顔が犬飼現八に見えてきた。背中はゾクゾクしてくるし、ブルブル身震いが出てきて「(社長は)我々の魂を宙に飛ばしてしまった」という。

(つづく)