捜査員が踏み込んだ部屋は異様な雰囲気だった。室内に点々と置かれたクーラーボックス。目を開けているのも苦痛な異様な臭い。百戦錬磨の捜査員もボックスを開けた瞬間、思わず顔をしかめたという。
2017年10月。男女9人が男に相次いで殺害され、遺体が神奈川県座間市内のアパートの1室に遺棄された事件が発覚した。社会的反響も大きかった事件の捜査に当たったのは実は地元の神奈川県警ではなく警視庁だったのだ。
警視庁はいわゆる東京都警察であり、東京23区と多摩地域、それに三宅島など島しょ部を管轄している。その守備範囲は東京都内ということになる。座間の事件は通常なら管轄外であるが、警視庁が捜査に当たった理由を警視庁関係者が説明する。
「八王子市内に住む被害女性の親族が『行方がわからない』と最寄りの警視庁高尾警察署に相談に訪れたからなんだ。特異家出人としてすぐに捜査が進められた」
ちなみに特異家出人とは事件や事故に巻き込まれた可能性がある家出人と疑われる人たちを言う。届け出を受けた高尾警察署では直ちに、誘拐や行方不明事件の主管部署である刑事部捜査第一課特殊犯捜査係に報告。警視庁が神奈川県内での事件捜査に乗り出したのである。
行方不明者を一刻も早く探し出すべく捜査一課の特殊犯捜査係員に加えて、行方不明者追跡が専門の人身安全関連事案総合対策本部員、高尾警察署員ら30名、そして刑事部の捜査支援分析センター(SSBC=SousaSienBunsekiCenter)の分析捜査係員5名が投入され、初動捜査が組織的に進められた。ある警視庁幹部は「行方不明者の追跡にSSBCによる捜査が不可欠と考えていた」と明かす。
その捜査手法とは、防犯カメラ画像の分析捜査に他ならない。公式な統計はないものの、日本国内の防犯カメラは年々増え続けていて、およそ400万台以上あるとされている。
SSBCの防犯カメラ画像分析捜査は事件発生現場や周辺の防犯カメラの画像を迅速に収集し、つなぎ合わせていく手法だ。対象となる人物を街中のカメラ(点)が一瞬でも捉えていれば、その人物の事件後の逃走経路、事件前の足取り(線)をたどることができる。
防犯カメラという膨大な「点」を「線」に変えることができるのが、SSBCの底力なのだ。
座間の事件では、被害女性の追跡捜査が進められた。勤務先のグループホームからの足取りを防犯カメラのリレー捜査でたどっていく。すると、2017年10月23日に、JR八王子駅の防犯カメラに女性が男と一緒に歩いている姿が映っているのが確認された。
そこからがSSBCの真骨頂だ。
「3両目に乗車」(八王子駅ホームのカメラ)
「町田駅で小田急線に乗り換え」(町田駅構内のカメラ)
「相武台前駅のホーム、改札口のカメラにヒット」(小田急線相武台前駅のカメラ)
被害女性と男が下車した駅は、男の自宅がある座間市内の駅だった。駅周辺の防犯カメラ画像をさらに収集し、SSBC捜査員たちはさらに足取りを追う。