日本の報道ではわからない、トランプ大統領の「真の野望」が見えた

現地取材で初めてわかること
立岩 陽一郎 プロフィール

政府に忖度する日本メディア

拉致問題を首脳会談で「取り上げた」という箇所も、複数のメディアが「提起した」と訳していた。しかし、トランプ大統領の言葉は「brought it up」であり、それははたして「提起した」という強いニュアンスの、より公式的な印象を与える訳語に該当するレベルなのか。はなはだ疑問である。

このように、トランプの発言を伝える日本のメディアの報道には、細かい点で、ある種の意図的な誤訳がなされているケースが多い。はっきり言って、日本政府の意向に沿うようなニュアンスの言葉や言い回しが用いられることが多いのだ。いわば、政府に対するメディアの“忖度”である(今に始まったことではないのだが)。

 

日本政府は、トランプ大統領が拉致問題を「取り上げた」のではなく、より重要な議題として「提起した」としたいのだろうし、今後については単に「取り組まれる」のではなく、「うまく行く」と言ってほしいのだろう。メディアはその意思を、意識的にか無意識のうちにか汲み取って、訳語に反映させたのだろう。

しかし、今回はきわめて短い会談の中で両首脳の共同声明を作成して署名に至ったのであり、その共同声明に拉致問題が書き込まれていない。それを考慮すると、トランプが拉致問題を主要な議題としたとは考えにくい。

もちろん、首脳会談で拉致問題が話題に出た可能性はある。あくまで想像だが、たとえばトランプ大統領は金委員長にこのくらいのことは言ったかもしれない。

「ところで私の友人のアベ……そう、日本の総理大臣だよ。あなたも知っているとは思うが、彼にとって、日本人の拉致問題は非核化とともにきわめて重要なんだ。そのことは伝えておこう」

仮にこの程度しか触れられなかったとしても、拉致問題が米朝首脳会談で語られたという事実には大きな意味がある。ただし、最も重要なこと、すなわち、拉致問題の“提起”に対する北朝鮮側の反応はまったくわかっていない。

政府もメディアもおめでたい

この首脳会談は「歴史的な会談」と言われている。

では、その結果はどう評価されるべきなのか?

日本のメディアでは、「共同声明には具体的な方策が何一つ明記されていない」といった、批判的な反応が主流だったようだ。

共同声明に署名するトランプ大統領(photo by iStock)

たとえば朝日新聞は翌13日の記事で「北朝鮮政策に携わってきた日本政府関係者からは『非核化が骨抜きになる』『ゼロ回答だ』と落胆する声が上がった」と報じている。NHKも同日、ワシントン支局の記者がシンガポールから番組に出演し、共同声明の具体性の乏しさには米メディアからも批判が出ているとして、首脳会談を「政治ショー」と評した。

率直に言って、日本のメディアのそうした報道に、私は少なからぬ違和感を覚えた。なぜなら、会談と共同声明の内容が曖昧になるのは当然のことであり、容易に予想できたからだ。

日本政府関係者から「落胆する声が上がった」というのが事実であれば、その政府関係者は会談に具体的な成果を期待していたわけであり、報じるメディアともども、かなりおめでたいと言わねばならない。

なぜ、中身の曖昧な会談になるのは当然のことだったのか。

それは、トランプ大統領にとっていま最も重要なのは、今年11月6日に行われる中間選挙だからである。自分を最高権力者の座に押し上げてくれた、伝統的な共和党保守派の支持層に自分の言動がどう見えるか。それが目下、彼の最大の関心事だと言って間違いない。

トランプを支持する人々の多くは、米国でも中西部や南部に住んでおり、概ね不景気に苦しんで、とにかく自分たちの生活が良くなることばかりを政治に求めている。朝鮮半島の非核化にも日本人拉致問題にもほとんど関心がない(というより、それらの問題を知らない人の方が圧倒的に多いだろう)。

そういう保守的で内向きの人々からの人気を維持することに、トランプ大統領はひたすら腐心しているのだ。

そもそも米国のトップでありながら、トランプ大統領は外交問題や安全保障問題に関心がない。

貿易問題についてはしばしば強硬な主張をするが、それは米国の国益や世界での立ち位置を考慮したからではなく、支持者へのアピールという側面が強い。なぜなら、中西部や南部でトランプを支持している人たちの多くは、製造業や農業の分野で働いており、貿易政策は彼らの死活に関わる問題だからだ。