カトリック教会はビッグバンを歓迎した

科学と神の「ねじれた関係」
三田 一郎 プロフィール

「特異点なき宇宙」を求めたホーキング

教会とビッグバンをめぐっては、こんな後日談もあります。といってもルメートルの時代から半世紀近くたってからのことなのですが――

今年3月に惜しくも逝去した「車椅子の物理学者」スティーブン・ホーキングは1970年に、宇宙は「特異点」から始まったとする「特異点定理」を発表しました(論文はロジャー・ペンローズとの共著)。特異点とは、ビッグバンの「最初の光」を、より厳密な科学の言葉に置き換えたものです。

【写真】ホーキング
  スティーブン・ホーキング(1942-2018)

それはカトリック教会にとっては、神の存在がより科学的に証明されたという非常に喜ばしいことでした。教会はホーキングを“英雄”のように称えました。

教皇庁科学アカデミーの創設者ピウス11世にちなんだ金メダルを授与したうえ、このアカデミーが主催する国際会議にホーキングを招待した際には、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世は、車椅子に乗ったホーキングが現れるとみずから床に膝をついて出迎え、その場にいた人たちを驚かせたのです。

ところがこのとき、ヨハネ・パウロ2世はホーキングにこう告げました。

「ビッグバン以降の宇宙の進化を研究するのはおおいに結構です。しかし、ビッグバン自体を探究してはなりません。それは、神の御業だからです」

ヨハネ・パウロ2世は「科学と宗教の融合」をモットーに掲げ、ガリレオに350年ぶりに謝罪をした科学に理解ある教皇でしたが、この発言は彼らしからぬものでした。

しかし、このときすでにホーキングは、「特異点なき宇宙」すなわち「神を必要としない宇宙」の理論化に取り組んでいたのです。のちに彼は語っています。

「あのとき、教皇にそれを知られなくてよかった。私はガリレオのようにはなりたくないからね」

【写真】ヨハネ・パウロ2世
  ヨハネ・パウロ2世(1920-2005、第264代ローマ教皇:在位1978-2005)

1983年、ホーキングはついに、特異点がない「無境界宇宙」についての仮説を発表しました(論文はジェームズ・ハートルとの共著)。“英雄”にいきなり“反乱”を起こされたカトリック教会が驚愕したであろうことは、想像に難くありません。

ただし、この仮説はまだ実証されたわけではなく、ホーキングなきいま、その遺志を継ぐ者が現れるかどうかに“反乱”の成否はかかっているといえるでしょう。

【写真】NASAのCOBEによって撮影された天の川
  NASAの宇宙背景放射探査機(COBE)によって撮影された天の川。COBEによる観測でルメートルが仮設した「原始的原子」が証明された。ホーキングの「最初の光なき始まり」への探求を次ぐ者は誰か gettyimages 

さて、このように科学者たちと教会の関係は、決して良好とはいえない状況が長く続きました。しかし、教会とはあくまでも、神を信じる「人間」の集まりであり、神とイコールではありません。

実は、一見すると無神論者のようなアインシュタインやホーキングも、「神」そのものについては驚くほど多くの熱い言葉を語っているのです。はたして、彼らにとって神とは何か? それについては私がこのほど上梓した『科学者はなぜ神を信じるのか』をご覧いただければ幸いです。

三田 一郎 著

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編集部より:本記事中に出てくるホーキングの「無境界宇宙」仮説については、以下の記事もぜひご覧ください!

"マルチバースの難題"を解決したホーキングの「遺言」/「最後の論文」に書かれていたこと(竹内薫の「サイエンスの歩き方」)

【画像】ホーキングの遺言

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