カトリック教会はビッグバンを歓迎した

科学と神の「ねじれた関係」
三田 一郎 プロフィール

教会からの“迷惑な歓迎”

なぜルメートルの名は広く知られなかったのか。

それは、彼自身がそう望んだからでした。彼が非常に謙虚な人柄だったのは確かです。しかし、より大きな理由は、彼がキリスト教の敬虔な信者だったことにあります。第一世界大戦に従軍して戦場の悲惨さを目の当たりにした彼は、神学校に入ってキリスト教を学び、カトリック教会の要職である司祭にまでなっていたのです。

教会が17世紀に「地動説」を主張したガリレオ・ガリレイを「異端」として有罪にした事件は、20世紀の科学者たちの脳裏にも強く刻まれていました。

また、ルメートルの「原始的原子の仮説」(すなわちビッグバン理論)は、「創世記」の第一日に記されている「光あれ」という言葉を連想させました(実際に彼はそこからインスピレーションを得て膨張宇宙論を発想したのかもしれません)。

そのため、多くの科学者がこの理論を歓迎できずにいました。キリスト教に反感をもつアインシュタインが、ルメートルに対して面と向かって、

「あなたの計算は正しいが、あなたの物理は忌まわしいものです」

と言い放ったのは、当時の科学者たちの気分を代弁していたともいえます。

おそらくルメートルは、聖職者である自分がこの説を唱えることで科学と宗教の対立構図が浮かび上がり、不毛な論争が戦わされるのではないかと憂慮したのでしょう。彼はあえて、自分の存在を消すことを選びます。本来であれば「ルメートルの法則」とよばれるべきだった膨張宇宙論についての功績も、2番目に論文を書いたハッブルに譲ってしまったのです。おそるべき無欲さといえるでしょう。

ところが、そうしたルメートルの考えをよそに、思わぬところから彼に“エール”が送られました。なんと当時のローマ教皇(カトリック教会の最高位)ピウス12世が、

「ルメートルの発見は、神の存在を科学的に証明したものだ」

と、ビッグバンを歓迎する発言をしたのです。

【写真】ピウス12世
  ピウス12世(1876 - 1958、第260代ローマ教皇:在位1939 - 1958)

科学の進歩とは、「全知全能の神」から仕事を奪う歴史でもありました。天体の運行も未来の予知も、ケプラーの法則やニュートンの運動方程式によって説明が可能になり、神にしかできない仕事はほとんどなくなっていました。

しかし、ビッグバン理論では、宇宙の「最初の光」がなぜもたらされるのかは依然として説明できていません。カトリック教会は、これこそは「神の御業」であるとして、そこに神の最後の居場所を求めたのです。

似たようなことは、実は14世紀にもありました。国王をもしのぐ権勢をもった当時の教会は、そのさらなる強化のため、「科学」を後ろ盾にして理論武装しました。このとき利用されたのが、地球は宇宙の中心であるとする「天動説」でした。教会が天動説を金科玉条のごとき教義としたのは、何も聖書にそう書かれていたからではなく、それが教会の権威づけのために適した宇宙観だったからなのです。

ルメートルにとっては、とんでもない有難迷惑だったでしょう。彼はすぐさま、教皇ピウス12世に「それとこれとは関係ないのです」と進言しています。

これからの宇宙論の支柱となっていくであろうビッグバン理論が、教会に利用されて「第二の天動説」になってはならないという思いもあったのかもしれません。

【写真】15世紀の木版に描かれる地動説
  15世紀の木版画に描かれた天動説。ルメートルはビッグバン理論が第二の天動説になることを案じたのだろうか 天文学者ヨハン・ミューラーの解説から gettyimages 

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