何故…ミステリー作家が問うた「人が人を殺す」という問題

佐藤究「人生最高の10冊」
佐藤 究

短編を書くとき読み返す作品

3位は『弥勒下生』。僕が19歳のときに、著者である詩人の河村悟さんご本人に出会いました。僕の人生でとても大きな出来事です。

河村さんは立教大学の全共闘で議長代行を務めるなど活動家でもあった人で、現在は好々爺みたいな風貌ですが、鋭く研ぎ澄まされた言葉の感覚を持っています。

僕は20代の頃、不用意に河村さんに議論をふっかけた相手が、徹底的に論破されるのを何度か見ました。それこそ生殺与奪のレベルまで。言葉の恐ろしさを教えてもらいましたね。

 

この句集は、河村さんの凄みの片鱗が感じられる作品。おそらく彼が経験してきたことが句に込められているんでしょう。

たとえば親しい友人が死んだときに様々な感情が失われていく感覚が描かれている。その河村さんの感覚が、雪が降り積もるように、読む側の自分の中にもたまっていく。繰り返し読むほどに、句の深みを実感できます。

夜戦と永遠』は、その河村さんに薦められて読んだ本です。乱歩賞を獲った『QJKJQ』を書く上で参考になりました。

推理小説では普通、なぜ殺したのかという動機の解明にスポットが当たります。ただ、『夜戦と永遠』の中の、特にジャック・ラカンの分析などを読むうちに別の手法を考えるようになりました。

動機の奥底にある、「なぜ人が人を殺すのか」という問題を追求するアプローチを、ミステリーの中で書くことができるのでは、と思ったのです。

他に『QJKJQ』の骨格の肉付けとして役立った文献の一つが、8位の『脳はすすんでだまされたがる』。これは単純に面白い科学ノンフィクションです。

最先端の研究を行う神経科学者がマジシャンに弟子入りし、どうして人は騙されてしまうのか、認知科学的な見地から解き明かそうとする姿が興味深い。

僕はミステリーを書く前、26歳の頃に『サージウスの死神』で群像新人文学賞の優秀作に選ばれデビューしましたが、9位の『夏の流れ』はそのすぐ後に読んだ短編集。

切れ味の鋭い作品ばかりで完璧。短編執筆の依頼が来た時などに、自分をアジャスト(調整)するために読み返すこともあります。

本を読むことの意味を考える時、河村悟さんから言われた、「書くことが、いかに生きることにつながるかが大事」という言葉を、いつも思い出します。同じように、「読むこと」も生きていくことにつなげる必要があるんだと思います。

人生が書くことや読むことから逸れてきたら、僕にとっては何かが歪んでいる危機的な状況なんだと、胆に銘じています。(取材・文/佐藤太志)

▼最近読んだ一冊

「日本人にもファンが多い怪奇作家のラヴクラフトですが、その作風の源泉には、人種差別主義があることを初めて知りました。人類にとって根深いこの問題は『ブラッド・メリディアン』にも通じるものがあります」