かけがえのない娘を太らせた「巨漢の父」の怒りと反省

わが子の健康を奪う親たち(3)
守田 向志 プロフィール

〈 あるとき勇一は、親しい友人たちにスマホに入れていた娘の写真を見せてみた。すると「これは太らせすぎだよ」と皆に笑われ、その何気ない「太らせる」という言い方から、親が子供の体形に気を配るのが常識なのだということを彼は思い知った。

実際、駅で意識して見てみると、今時の中学生は男子も女子もすらっとしている子が多かった。

娘はこの中で生活しているのだ。

コンプレックスに感じて当然だ。

ダイエットを始めたはずの娘は、しかし、休日に見ると以前と体形が変わっていなかった。妻に聞くと、「あの子は運動嫌いだし、甘い物の我慢も続かなくて苦労してるみたいよ」とのこと。

(甘い物好きに育ててしまった俺が、なんとかしなければ……)

彼は思いきってひさしぶりに自分から娘に話しかけ、まずは深く考えずにケーキを食べさせ続けたことを謝り、それから近所のスポーツジムに見学に行かないかと誘ってみた。相手にされないことも覚悟していたが、娘は素直に誘いに乗ってきた。

ジムの中をひと通り見て回ったあと、娘は「テレビを観ながら運動できるなら続けられそう。通いたい」と言った。そのジムにはダイエットのために食事のアドバイスをしてくれるコースもあり、それも一緒に申しこんだ。

結果的にその判断は正解だった。娘はジムにほぼ毎日通い、アドバイス通りに食事をとり、半年で同級生と同じような体形に変わった。

 

良い変化は、それだけではなかった。

まず、勇一自身が感化されてダイエットを始めた。最近やせた同世代の同僚の真似をして、時間がある夜は必ず、家でストレッチと筋トレを30分ほど行うようになった。

運動の前と後と2回風呂に入ると疲れも残らず、最初こそきつかったが徐々に慣れていった。食事も健康的なメニューを選ぶようになり、夜9時以降は何も食べないよう心がけた。

そんな生活を淡々と続けているうちに、彼は目に見えてやせてきて、若い部下が男女問わず、自分に対して好意的になった。最近の若者は自己管理をできていない上司を尊敬しないと言うが、そのことを肌で感じられた。

部下だけでなく、妻の態度も以前より好意的になった。娘をジムに通わせ始めたことや、夜の運動を続けていることで、株が上がったらしい。おかげで家族団欒の食卓が苦痛ではなくなり、仕事をテキパキ終わらせて早く帰る日が増えた。

家族揃っての食卓で一番よく話すのはやはり娘で、今夜は友人と都内に遊びに行った時の話を、ずいぶん幸福そうに語ってくれた。

(そういえば俺は、彼女が幼い頃、この子の幸福をずっと守ろう、と心に誓っていたはずだった。なのに、忙しい日々の中、次第にその気持ちが薄れていき、いつのまにか自分のためにこの子を利用するようになり、幸福を守るどころか、奪う存在になってしまっていた。もう二度と、同じ失敗は繰り返すまい……)

あなたは「守る親」になれるか

「そんなこんなで、一時期は険悪だったんですけど、今はお父さんとは仲良しです」

この話をしてくれた私の生徒は、笑ってそう言いました。私が教えていた頃、彼女は中学3年だったのですが、もうすっかりすらりとした体形でした。

「ジムに連れていってくれたのが、大きかった?」

私が訊くと、彼女は少し考えてから首を振り、

「それもあるけど、ちゃんと謝ってくれたのが一番大きかったです」

その答えに、なるほどな、と私は納得しました。

彼女はメリハリを付けるのが上手で、週2回ジムに通って気分転換し、時折友人と遊びに行ってリフレッシュし、残りの時間に集中して受験勉強をできていました。

勉強を頑張れる生徒というのは、たいてい自分のことを肯定できています。

そして子供にとって、親を否定することは自分を否定することにつながり、逆に親を肯定することは自分を肯定することにつながります。

親が「毒親」かどうかわかるのは、その親が子供を傷つけた時です。

「毒親」は自分のプライドを優先して絶対に謝らず、子供をいっそう傷つけます。一方、子供を愛する親は、非を認めて心のこもった謝罪をし、そのあと自分の行動を修正します。

彼女は父親の謝罪の言葉を聞き、自分の親が「奪う親」ではなく「守る親」であることを実感し、それゆえ自分自身を肯定できたのでした。

註:本記事で紹介する事例は、プライバシー保護の観点などから仮名を用い、情報の一部を改変しています。

守田 向志(もりた・こうし)/1981年、福岡県生まれ。2004年、東京大学経済学部卒業後、会社勤務を経て09年に作家デビュー。主な作品に『ミネラル』『もし国会議員100人の日本だったら』『欲望チャッター』などがある。作家業の傍らで塾講師もしており、東大や早慶、中学御三家といった難関校への合格実績を多数持つ。