photo by gettyimages

2002年と2018年、W杯日本勝利後に2つの渋谷で私が見たもの

「真面目な祝祭」のおもしろさ

2002年6月9日、ロシア戦の後の渋谷

いまを去ること16年前。

2002年の日韓ワールドカップ、日本の第二戦は、6月9日の日曜に行われた。

対戦相手はロシア、場所は新横浜にある国際競技場。キックオフは夜8時半だった。

何とか入場券を手に入れた私は、中田宏横浜市長や森喜朗前総理らの前を通り(なぜかそのシーンをすごく覚えている)、熱く試合を見続けた。超満員だった。

後半に入り、すこしオフサイド気味だったが、稲本潤一がゴールを決め1-0、そのまま日本が逃げ切ってワールドカップ初勝利をあげた。日本中が歓喜に沸いた日曜の夜であった。一戦めのベルギー戦を引き分けていたので、決勝リーグ進出がかなり濃厚になった。

2002年のW杯日本代表(photo by gettyimages)

幸せな気分で、東横線で渋谷に着いた。もう深夜0時近かった。

駅前のスクランブル交差点で多くのサポーターが喜んでいた。

大騒ぎや、混乱という雰囲気ではない。 

 

みんな信号を守り、青信号になると四方から交差点に入り、向こうから渡ってきたサポーターと合流すると、ハイタッチをして通り過ぎた。基本は青信号のうちに向かい側に着こうとしている。信号が変わったあとにたどり着くことも多いが、それは、ふだんのスクランブル交差点の様子と同じである。

そのうち青信号で通りすがるときに、缶ビールを振り回して、ビールかけをする連中も出始めた。そういう時代だった。私も繰り返し交差点を行ったり来たりしていたのだが、ビールがかかっても喜んでいた。ふつうの心理状態ではないから、べつだん気にしていない。

赤信号のあいだは、四隅で待機して、青信号になるとスクランブル交差点で行き違いながら騒ぐ。

このシーンを眺め、参加しながら、私は行儀のいい騒ぎだな、とひとり感心していた。 

それは一点、信号を守ろうとしているところである。